研究成果
小型テナガエビ類の生活史を解明し資源管理に新知見
―インドシナ半島の重要な淡水エビ資源の持続的利用に道筋―
令和8年3月12日
国際農研
ウボンラチャタニ大学
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ポイント
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概要
国際農研は、タイ・ウボンラチャタニ大学との共同研究により、インドシナ半島内陸部の重要な水産資源である小型テナガエビ類1) のタイ東北部における生活史 (一生の流れ) 特性を明らかにしました。本種群は、現地の食文化と生計を支える身近な淡水エビであり、その持続的な利用には、いつ産卵し、いつから漁業の対象となるのかといった科学的な情報が不可欠です。
本研究では、タイ東北部ウボンラチャタニ県内で本種群を1年間にわたり毎月採集し、個体のサイズや成熟状態を解析しました。その結果、小型テナガエビ類は周年産卵するものの、雨季の中頃6~8月に産卵盛期を迎え、乾季の11~12月には産卵が停滞することが分かりました。孵化したエビは、9~11月から小型未成熟エビとして漁獲物に現れ始め (加入2))、翌年3~5月には孵化後1年未満で成熟し、産卵することも明らかになりました。
従来の研究により、小型テナガエビ類が他の熱帯性テナガエビ類と同様に周年産卵することは知られていたものの、産卵盛期の有無や時期については不明でした。このため、タイ内陸部で一律に実施されている雨季の禁漁措置が本種群の資源保護にも有効かどうかは検証されていませんでした。本研究により、同地域の禁漁期間が本種群の産卵盛期と一致しており、親エビの保護に一定の効果を持つことが示されました。また、小型未成熟エビが9月頃から漁獲対象資源に加入し始め、翌年春に成熟することが明らかになったことから、この期間これら小型未成熟エビの漁獲を控えることが、さらなる資源管理方策として有効であることが示唆されました。こうした資源生物学的情報は、対象種群の生活史特性に即した効果的な資源管理方策を設計するうえで極めて重要であり、インドシナ半島内陸部における小型淡水エビ資源の持続的な利用に貢献することが期待されます。
本研究成果は、水産分野の国際専門誌「Fisheries Research」オンライン版 (日本時間2025年10月29日) にオープンアクセスで掲載されました。
関連情報
- 予算
- 運営費交付金プロジェクト「生態系アプローチによる熱帯域の持続的水産養殖技術開発及び普及」
発表論文
- 論文著者
- Minoru Saito (齋藤稔), Chaiwut Grudpan, Jarungjit Grudpan, Achara Jutagate, Satoshi Honda (本田聡), Tuantong Jutagate
- 論文タイトル
- Life history aspects of the small freshwater shrimp, Macrobrachium lanchesteri species complex (Palaemonidae)
- 雑誌
- Fisheries Research
DOI: https://doi.org/10.1016/j.fishres.2025.107569
問い合わせ先など
国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 小山修
- 研究推進責任者:
- プログラムディレクター 藤田泰成
- 研究担当者:
- 水産領域 研究員 齋藤稔
水産領域 領域長兼プロジェクトリーダー 本田聡 - 広報担当者:
- 情報広報室長 大森圭祐
プレス用 e-mail : info-pr@jircas.go.jp
研究の背景
研究の経緯
タイ東北部に分布する小型テナガエビ類は、生体や鮮度の良い状態では体が透明で (図1A)、固定 (防腐等の処置) 後の標本でも解剖せずに雌の生殖腺 (卵巣) の状態を確認できる特徴があります (図1B)。また、抱卵している雌個体も容易に識別できます。これらの特性を活かし、年間を通じて雌個体の卵巣発達段階と抱卵の有無を観察することで、サイズ別の成熟状況の季節変化を把握し、産卵盛期の有無を明らかにできると考えました。さらに、季節ごとの漁獲物のサイズ組成の変化を追跡することで、テナガエビ類の成長パターンや、新たに生まれた小型のエビが漁獲対象資源へ加入する時期を推定できる可能性があります。
こうした着想のもと、本研究では、タイ東北部ウボンラチャタニ県内の内陸公共水面において、エビ籠を用いた小型テナガエビ類の周年採集 (2022年6月~2023年5月、毎月1回) を実施しました。採集個体について成長、成熟、産卵および漁獲対象資源への加入時期といった基礎的な資源生物学的特性を明らかにし、その知見に基づき、本地域で重要な水産資源である本種群の持続的利用に向けた資源管理方策の検討を行うこととしました。
研究の内容・意義
- 卵巣が発達している、または腹部に卵を抱えている成熟雌の最小サイズは、頭胸甲長3) 4.6mmでした (図2の赤い実線)。雌の頭胸甲長組成と成熟状況の経月変化から、9~11月に最小成熟サイズに達していない未成熟雌が多数出現し (図2中央の灰色の網掛け)、同年に孵化した個体が漁獲対象資源に加わる「新規加入」の過程を捉えたものと考えられました。さらに、頭胸甲長組成と成熟割合の推移から、この新規加入群の雌は翌年3~5月 (孵化後1年未満) に初回成熟を迎えることが示されました (図2下部の赤い網掛け)。
- 最小成熟サイズ (頭胸甲長4.6mm) 以上の雌個体を対象に成熟状況別の割合をみると、成熟雌は年間を通じて出現するものの、その割合が特に高い雨季の中頃6~8月が、本種群の産卵盛期に相当することが分かりました (図3左側)。6~8月には、最小成熟サイズを超える雌のうち、発達した卵巣を持ち、かつ腹部に卵を抱えている個体の割合も高く、短い間隔で成熟と産卵を繰り返す多回産卵を行っていると推定されました (図3の赤い網掛け)。一方で、11~12月には成熟雌の出現割合が年間で最も低下し、本種群にとって産卵の「停滞期」にあたることが明らかになりました (図3の青い網掛け)。
- これらの結果を踏まえると、タイ内陸部の公共水面で種を問わず雨季の6~9月に設定されている禁漁期間は (一部小規模漁業を除く)、本種群の産卵盛期とも一致しており、親エビの保護に有効な資源管理措置であると評価されます (図4)。さらに、9〜11月に漁獲対象資源に加入する小型未成熟エビについて、翌年春の初回成熟を迎えるまでの期間、漁獲による減耗を控えることが、本種群の持続的利用に向けた追加的な資源管理方策として有効と考えられました (図4)。
今後の予定・期待
用語の解説
- 1) テナガエビ類 (Macrobrachium)
- 日本を含め世界各地で水産資源として利用されているエビの仲間です。浅い海から大陸の内陸部まで200種以上が分布しており、雄のはさみ脚が長く発達するのが特徴です。東南アジアを中心に盛んに養殖されているオニテナガエビが最大種で、はさみ脚の先から尾の先まで1mに達します。一方、小型種では全長5cm程度のものもいます。
- 2) 加入
- 水産資源学の観点では、成長や回遊の過程で漁獲の対象となる段階に達すること、動物学では特定の個体群に新たに加わること (新たに生まれる、一定のサイズや形態に達する、あるいは他の地域から移り住むこと) を指します。小型テナガエビ類の場合、生まれたてのエビと親エビが同じ環境で暮らしており、生後2~3ヶ月程度で漁獲されるサイズまで成長した段階が「加入」に相当します。
- 3) 頭胸甲長
- エビの頭の様に見える部分 (頭胸甲) の長さで、昆虫で例えると頭と胸が合わさった部位にあたります。硬くて破損しにくいため、エビの大きさを測定する際によく用いられます。本種群の場合、頭胸甲長は全長のおよそ1/5~1/6です。一般に、食用となるむき身の部分は、昆虫では腹部に相当します。
担当研究者の声
水産領域
研究員 齋藤稔
着任直後に筆者のエビ研究を紹介したところ、カウンターパートから「値段が高くておいしいエビだよ」と勧められて、この研究を始めました。丹念に2000匹以上のエビを観察することで、その暮らしぶりの一端を明らかにできました。学生の頃のタイ旅行中においしさに感動したエビを研究対象にして、その資源を増やすための成果を現地に還元でき、感無量です。
図1 小型テナガエビ類の雌
A : 腹部に卵 (薄い黄色) を抱えた生体。
B : 卵巣発達度合いが異なる、固定後の標本。頭胸甲後部に橙色に透けて見える部分が発達した卵巣。
図2 小型テナガエビ類の雌における頭胸甲長組成と成熟状況の経月変化
9~11月に未成熟雌の新規加入 (灰色網掛け)、翌年3~5月に初回成熟 (下部赤色網掛け)、6~8月に産卵盛期 (上部赤色網掛け) が確認された。赤い実線は成熟雌の最小サイズ (頭胸甲長4.6mm) を示す。
図3 小型テナガエビ類の雌における成熟状況の経月変化
最小成熟サイズ (頭胸甲長4.6mm) 以上の雌個体を対象に、成熟状況別の割合の推移を示した。6~8月に成熟雌の割合が高い産卵盛期 (赤色網掛け) 、11~12月に成熟雌の割合が低下する産卵停滞期 (青色網掛け) が確認された。棒グラフ上のアルファベットが月間で異なる場合、成熟雌の割合が統計的に有意に異なることを示す (フィッシャーの正確確率検定、p<0.05)。9月は大規模洪水の影響で卵の脱落が生じた可能性があるため、検定から除外した。
図4 小型テナガエビ類の生活史特性と資源管理方策との季節的な対応関係を示した模式図
円の内側は生活史特性、外側は資源管理方策を示す。既存の全魚種を対象とした雨季の禁漁期 (6~9月) は、小型テナガエビ類の産卵盛期 (6~8月)と重なっているため、本種群の親エビ保護にも有効であると考えられた。さらなる資源管理を行う場合、9~11月に新規加入した小型未成熟エビをその初回成熟 (3~5月) まで獲り控えることが有効であることが示唆された。