研究成果
冠水中のイネの光合成活性を現場で測定する手法を開発 -東南アジア、西アフリカなど洪水多発地の安定的な稲作に向けた冠水に強いイネの育種に貢献-
発表日:平成23年11月11日
ポイント
- 水中でのイネの葉の光合成の活性状況を把握する技術を開発
- これにより、酸素、二酸化炭素濃度の低い水中でも枯死しない、冠水に強い品種を現場で選抜することが可能に
概要
独立行政法人国際農林水産業研究センター【理事長 岩永 勝】は、従来難しかった水中でのイネ葉のクロロフィル蛍光を、短時間で測定することに成功しました。今回開発した手法は、低酸素・二酸化炭素条件である冠水下での光合成活性を測定することにより、葉緑体の障害を直接診断することが出来ます。 本手法を実際にイネに適用したところ、水中にある葉の光合成活性が冠水耐性イネにおいては高く推移することから、水中での光合成活性が高く、葉緑体への障害は少ないことが分かりました。今後、本手法を多くの品種、又は育種の過程で適用することにより、冠水耐性のイネを選抜することが出来ます。 今回の手法は、東南アジアや西アフリカ地域等の洪水多発地域の稲作被害の軽減に向けた、冠水条件に適応した耐性イネの選抜や、冠水条件下でのイネの生理の解明に大きく貢献することが期待されます。
問い合わせ先
独立行政法人国際農林水産業研究センター (茨城県つくば市)理事長 岩永 勝
研究推進責任者:プログラムディレクター 加納 健
研究担当者:生産環境・畜産領域 坂上潤一
広報担当者:企画調整部情報広報室長 大浦正伸
研究の背景
東南アジアおよび西アフリカ地域では、主に河川流域で水田稲作が営まれています。一方で、水管理が難しい天水田や低地の深水田では、集中豪雨等により洪水が発生し、冠水するリスクがあります。長期間の冠水ではイネは枯死することが知られており、被害額は東南アジアだけで年間10億ドル以上と見積もられています。 イネは湿地適性の高い作物ですが、冠水するリスクの高い地域で生産されるため、冠水被害の軽減に向け、冠水下のイネの生理を明らかにしつつ、冠水耐性の高い品種の開発が求められています。 これまでの研究では、冠水中の低い酸素・二酸化炭素濃度によるストレスが、光合成を行う葉緑体にどのような機能的障害を与えるのかを具体的に解明できていませんでした。このため、冠水耐性があるとされる品種と光合成活性の関連性も解明されていませんでした。洪水多発地の稲作を安定化させる冠水耐性品種の選抜の現場では、冠水耐性を簡易に現場で測定する手法の開発と、冠水耐性機構の解明が求められていました。
研究の内容
- 今回、携帯型クロロフィル蛍光測定器(OS5p:Opti-Science社製)の測定部を特殊防水加工し、水中クリップでクロロフィル蛍光の測定に必要な葉面の暗条件を作り出すと共に、そこに測定部を挿入し、水中での葉のクロロフィル蛍光を測定する手法を開発しました(図1)。
- 冠水感受性品種は短期間の完全冠水後のクロロフィル蛍光に急激な減少が観察され、葉緑体の障害が高いことが分かりましたが、冠水耐性品種では、クロロフィル蛍光が高く維持され、障害が少ないことが明らかになりました(図2)。このことから、感受性品種では耐性品種に比べ、冠水下での葉緑体への障害が早い時期に始まり、光合成能力が急激に減少することが分かりました。
- このように、特殊防水加工したクロロフィル蛍光測定器で測定した水中の葉のクロロフィル蛍光は、葉緑体の障害程度をよく表し、光合成活性と密接に関連していることが分かりました。
図1 測定部を特殊防水加工したクロロフィル蛍光測定器を使った水中の葉のクロロフィル蛍光の測定
Fv/Fm:葉の光合成活性程度を示す指標
今後の予定・期待
本手法の利用により、冠水中のイネの光合成活性を現場で測定すると共に、同一個体を継続的にモニタリングすることも可能となりました。さらに、本手法により測定されたクロロフィル蛍光の動態が、イネの冠水抵抗性の指標になることが明らかになったことで、冠水抵抗性イネの品種改良や選抜にも効果的に活用されることが期待され、洪水多発地域における食料安全保障の確立に貢献することが期待されます。
発表論文
C. Sone, O. Ito and J-I. Sakagami (in press) Characterizing submergence survival strategy in rice via chlorophyll fluorescence. Journal of Agronomy and Crop Science (2011) doi: 10.1111/j.1439-037X.2011.00494.x
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