淡水エビ類で初の生殖細胞凍結保存による遺伝資源長期保存技術
背景・ねらい
水産養殖の現場では、特定の系統を長期間にわたって継代利用することにより、遺伝的多様性の低下や疾病への感受性増大が問題となっている。将来にわたって安定した養殖生産を維持するためには、現存する遺伝資源を劣化させることなく保存し、必要に応じて活用できる技術基盤の整備が不可欠である。家畜動物では配偶子や胚の凍結保存が遺伝資源保存の手段として広く利用されているが、甲殻類ではこれらの技術が確立されておらず、生きた個体を継代飼育する方法が現状では唯一の保存手段となっていた。近年、海産のクルマエビ類において、生殖細胞を対象とした凍結保存技術が初めて確立された(令和3年度国際農林水産業研究成果情報B08「生殖細胞凍結保存技術によりクルマエビ類の遺伝的多様性保全を図る」)。この成果を踏まえ、水産重要種が多く含まれる甲殻類において、種を超えて適用可能な遺伝資源保存技術を拡充していくことは、水産養殖技術全体の持続性向上に資すると期待されている。
東南アジア原産で淡水性のオニテナガエビは、大型で市場価値の高い重要養殖種であるが、限られた系統の継代利用により、将来的な遺伝的多様性の低下が懸念されている。そこで本研究では、オニテナガエビを対象に、生殖細胞を超急速凍結保存する技術を開発し、凍結保護剤や保存条件の最適化を通じて、遺伝資源を省スペースかつ長期的に保存可能とする基盤技術の確立を目的とした。
成果の内容・特徴
- オニテナガエビ生殖細胞は、市販の抗Vasa抗体に強い陽性反応を示した。また、細胞径 (8–10 µm) のみを指標として本法で対象とする生殖細胞(精原細胞)を効率的に識別できる(図1)。
- 緩慢凍結法および超急速凍結法のいずれにおいても、凍結保護剤として10%ジメチルスルホキシド(DMSO)を用いた場合に、生殖細胞の回収率*および生残率は、10%グリセロールや10%塩化マグネシウムを用いた場合より高くなる(図2)。
- 長期保存においては、緩慢凍結法と比較して超急速凍結法のほうが生殖細胞の回収率および生残率を高く維持でき、特に10%DMSOとの併用により、液体窒素中で長期安定保存が可能である(図3)。
*回収率: 同一精巣由来の同重量小片を用い、非凍結小片から回収された生殖細胞数を分母、凍結小片から回収された生殖細胞数を分子として、その比率を回収率とした。
成果の活用面・留意点
- 本技術により、オニテナガエビの遺伝資源を生きた個体として継代飼育することなく、液体窒素中で省スペースかつ長期的に保存することが可能となる。
- 養殖集団における遺伝的多様性の低下や、疾病・事故による優良系統消失のリスク低減に貢献する。
- 超急速凍結法と10% DMSOの併用は、淡水性オニテナガエビおよび前成果の海産クルマエビで共通して有効であり、甲殻類の生殖細胞に汎用的な凍結保存条件となる可能性がある。
- 本成果は甲殻類では確立例の少ない生殖細胞を用いた遺伝資源保存の基盤技術であるが、現時点では繁殖や個体再生への直接的な利用には至っておらず、今後、生殖細胞移植などの関連技術の開発と統合が必要である。
具体的データ
- 分類
-
研究
- 研究プロジェクト
- プログラム名
- 予算区分
-
交付金 » 第5期 » 食料プログラム » 熱帯水産養殖
受託 » JST/JICA SATREPS » 世界戦略魚の作出を目指したタイ原産魚介類の家魚化と養魚法の構築
- 研究期間
-
2018~2023年度
- 研究担当者
-
奥津 智之 ( 水産領域 )
ORCID ID0009-0003-7607-7848科研費研究者番号: 40456322Rakbanjong Natthida ( プリンスオブソンクラ大学 )
Wonglapsuwan Monwadee ( プリンスオブソンクラ大学 )
三輪 美砂子 ( 東京海洋大学 )
識名 信也 ( 国立台湾海洋大学 )
- ほか
- 発表論文等
-
Okutsu et al. (2025) Cryobiology 119: 105242https://doi.org/10.1016/j.cryobiol.2025.105242
- 日本語PDF
-
2025_B05_ja.pdf1.5 MB
※ 研究担当者の所属は、研究実施当時のものです。