水稲へのリン浸漬処理P-dippingは冠水害の回避にも有効
背景・ねらい
サブサハラアフリカの水田の多くは天水田に分類され、冠水や干ばつ、低温や高温など、様々な環境ストレスを受けやすい。加えて、土壌や肥料から供給される窒素、リンなどの養分が少ないため、水稲の生産性が著しく制限されている。水稲へのリン施肥技術P-dippingは、リン欠乏水田で高い施肥効果を発揮することや、移植から収穫までの生育日数を短縮し、生育後半の気温低下にともなう登熟不良、すなわち、低温ストレスの回避に有効なことが分かっている(令和2年度国際農林水産業研究成果情報B02「移植苗のリン浸漬処理はイネの施肥効率を改善し低温ストレスを回避する」)。一方で、冠水害*や窒素不足など、様々な条件をもつ農家圃場において、同技術がどの程度の増収効果をもつかについては、情報が限られる。そこで本研究では、マダガスカル中央高地で標高が異なる2つの地域(標高が約1,200mの温暖地域と1,400mの冷涼地域)から計18地点の農家圃場を選定し、P-dippingの標準的な効果を検証するとともに、様々な圃場環境や窒素施肥法の違いが同技術の効果に及ぼす影響を明らかにする。
*急激な田面水の上昇により、稲株の大半、もしくは全てが浸水することで呼吸や光合成が妨げられ、生育の阻害や枯死が生じる現象。
成果の内容・特徴
- P-dippingを施すことで、18地点の農家圃場におけるヘクタール当りの平均収量は、リン肥料なしと比べて1.1トン、同量のリン肥料を従来の表層施肥で与えた場合に比べて0.5トン増加する(図1A)。
- P-dippingと組み合わせることで窒素施肥の効果が大きくなる。窒素施肥によるヘクタール当りの平均増収量は、リン肥料なしで0.5トン、リン表層施肥で0.9トン、P-dippingで1.3トンとなる(図1B)。
- P-dippingは、初期生育(移植60日後の地上部乾物重)を大幅に改善するため、突発的な水位上昇にともなう冠水害を回避できる(図2)。
- 地域、移植時期、冠水害の有無、土壌特性など、様々な圃場環境要因について、P-dippingによる増収効果(リン肥料なしとの収量差)に及ぼす影響を重回帰モデルで解析した結果、冷涼地域や温暖地域でも移植日が遅いなど、低温ストレスを受けやすい圃場環境に加えて、生育初期に冠水害を受けた圃場で、P-dippingによる増収効果が大きくなる。重回帰モデルの偏回帰係数**から、生育初期に冠水害を受けた圃場では、受けなかった圃場に比べて、P-dippingによる増収効果は、ヘクタール当り0.94トン高い傾向をもつ(図3)。
**複数の要因が特定の結果にどのように影響するかを理解する重回帰モデルにおいて、それぞれの圃場環境要因が、他の要因に独立して、どの程度、P-dippingによる増収効果に影響を与えているかを示す数値(t ha-1)。
成果の活用面・留意点
- 土壌のリン欠乏だけではなく、登熟期の低温ストレスや生育初期の冠水害など複合的なストレスが生じる圃場環境において同技術が利用できる。
- リンと窒素の両方が欠乏する圃場では、P-dippingと窒素追肥の組合せで収量と施肥効率を改善できる。
- 本成果は、マダガスカル中央高地にみられる様々な栽培環境での結果に基づくものである。その他の地域への適用については、追加検証が望ましい。
具体的データ
- 分類
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技術
- 研究プロジェクト
- プログラム名
- 予算区分
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交付金 » 第5期 » 食料プログラム » アフリカ稲作システム
受託 » JST/JICA SATREPS
- 研究期間
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2017~2023年度
- 研究担当者
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アウンゾーウー ( 生産環境・畜産領域 )
辻本 泰弘 ( 生産環境・畜産領域 )
科研費研究者番号: 20588511Rakotoarisoa Njato Mickaël ( マダガスカル国立農村開発応用研究センター )
Andrianary Haja Bruce ( アンタナナリボ大学放射線研究所 )
- ほか
- 発表論文等
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Oo et al. (2023) Localized phosphorus application via P-dipping doubles applied P use efficiency and avoids weather-induced stresses for rice production on P-deficient lowlands. European Journal of Agronomy 149: 126901.https://doi.org/10.1016/j.eja.2023.126901
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※ 研究担当者の所属は、研究実施当時のものです。