ツマジロクサヨトウ防除のための天敵昆虫増殖費推計モデルによる経済性評価
関連プロジェクト
越境性害虫
国名
タイ
要約
タイにおけるツマジロクサヨトウ防除を対象として構築された増殖費推計モデルは、天敵昆虫増殖の経済性を汎用的に評価する手法を提供する。このモデルによる分析では、タマゴバチの増殖費は主要農薬と比べて著しく高いとはいえず、化学的防除の一部を補完・代替する選択肢として位置付けられる。また、放飼面積当たりの増殖費を削減するためには、労働負荷を低減し生産規模を拡大することが有効であると示唆される。
背景・ねらい
タイでは、ツマジロクサヨトウ (Spodoptera frugiperda) の防除において、化学農薬の多用に伴う殺虫剤抵抗性の発達が懸念されており、総合的病害虫・雑草管理 (IPM)体系の構築が志向されている。その一環として、農業・協同組合省農業局などが複数種の天敵昆虫を増殖・配布する生物的防除を推進している。一方、天敵利用は限定的で、化学農薬より高いとされる費用が普及の障害と認識されている。しかし、天敵昆虫の増殖費に関する体系的な知見は十分に蓄積されておらず、先行研究における増殖規模は不均一であったため、費用評価の一般化が困難であった。
そこで本研究では、天敵昆虫の放飼・増殖規模との関係を明示的に考察可能な費用推計モデルを構築し、増殖の経済性を評価する。具体的には、農業局傘下の植物保護研究開発部 (PPRDO)における増殖技術を整理し、各作業に関する情報をもとに、防除対象となるトウモロコシの作付面積から必要資材量および費用を試算する。対象とした天敵昆虫は、卵寄生性のタマゴバチ Trichogramma pretiosum と、捕食性のカメムシ類 Eocanthecona furcellata およびSycanus versicolor、捕食性のハサミムシProreus simulans の4種である。小規模増殖を想定し、1人の労働者が達成可能な最大生産規模を前提として、各種の増殖費用を推計する。
成果の内容・特徴
- 天敵昆虫ごとに増殖規模に応じた費用推計モデルを構築し、異なる天敵昆虫間および化学農薬との費用比較を行うことが可能となる。
- 天敵昆虫の作物圃場への放飼面積の拡大に伴い、固定費の希釈により面積当たりの平均増殖費は低下する(図1)。特に T. pretiosum、E. furcellata、S. versicolor では、固定費・半固定費となる水道光熱費および労働費の占める割合が大きく、規模拡大による費用低減効果が顕著である。労働負荷は生産規模拡大の制約要因であり、その低減が不可欠である。
- 最大規模の生産を行った場合、T. pretiosum の増殖費は、タイで広く使用されているエマメクチンベンゾエート5%水和性顆粒剤の費用(約9米ドル ha-1)と大きく乖離せず、化学的防除の一部を補完・代替する選択肢となり得る(図1B)。
- 捕食性天敵3種 (E. furcellata、S. versicolor、P. simulans) の平均増殖費は、増殖期間の長さおよび放飼密度の違いを反映し、T. pretiosum より大幅に高い(図1B)。
成果の活用面・留意点
- 本研究で構築した費用推計モデルは、他の昆虫天敵や他地域・他国における増殖費用推計にも適用可能であり、生物的防除の実装に向けた経済性評価の基盤として活用できる。
- 本研究で構築したモデルは、標準化された生産期間、単一作業者の最大生産能力、ならびに放飼密度に関する仮定に基づく実験室レベルの推定を目的として簡略化されている。このため、特定の生産条件や分析目的に応じ、モデルの拡張または修正が必要となる。特に、放飼にかかる労力・費用や、主要害虫が発生していない期間における天敵の利用や生産規模について検討が必要である。
- 本分析はPPRDOから提供されたデータのみに基づいている。結果のさらなる一般化のためには、他機関や異なる条件下で得られたデータとの比較が求められる。
- 本研究は天敵昆虫の増殖費に焦点を当てているが、天敵昆虫の導入可能性を総合的に評価するためには、防除効果、適切な放飼密度、他の防除手段との組み合わせなどについて、既存の知見を踏まえた上で、更なる検証が必要である。
具体的データ
- 分類
-
研究
- 研究プロジェクト
- プログラム名
- 予算区分
-
交付金 » 第5期 » 食料プログラム » 越境性害虫
受託 » 農林水産省 戦略的国際共同研究推進事業 » 越境性害虫ツマジロクサヨトウのスマートで持続的な防除体系の構築
- 研究期間
-
2021~2025年度
- 研究担当者
-
草野 栄一 ( 社会科学領域 )
小堀 陽一 ( 生産環境・畜産領域 )
- ほか
- 発表論文等
-
Kusano et al. (2026) CABI Agric Biosci. 7: 0006https://doi.org/10.1079/ab.2026.0006
- 日本語PDF
-
2025_B04_ja.pdf523.61 KB
※ 研究担当者の所属は、研究実施当時のものです。