研究成果

品種改良で気候変動を緩和
―求められる、農地からの温室効果ガス発生の画期的削減技術―

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資源・環境管理
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平成29年5月31日
国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター

 

品種改良で気候変動を緩和
求められる、農地からの温室効果ガス発生の画期的削減技術

  • 農業分野由来の温室効果ガス排出量は、世界の総排出量の約1/4を占める
  • 品種改良で、温室効果ガス発生抑制・窒素肥料節約の一挙両得が可能
  • 国際研究コンソーシアムの主要メンバーが技術確立のための研究加速化を提言

概要

国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、海外の国際農業研究機関や大学などと共同で、農業由来の深刻な温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O)の発生を抑制する力を持つ作物品種の育成に向け、研究を加速化させる必要があることを提言しました。

窒素肥料は、土の中の微生物の力で、植物体が吸収利用されやすい形に変わります。しかし同時に、窒素肥料の一部はN2Oとなり、植物に利用されることなく大気中に放出されてしまいます。窒素肥料の多量投入は、緑の革命において穀物の大量増産を実現した要因の一つですが、地球温暖化の原因にもなっているのです。

JIRCASは、熱帯牧草やソルガム(モロコシ)などの農作物が、このジレンマを断ち切る物質を生産する能力を見いだしました。作物の品種改良によりこの能力を導入・強化することで、農業由来の温室効果ガスの発生を抑え、窒素肥料の節約にも繋がることが期待されます。JIRCASは国内外の研究機関・大学などと共に国際研究コンソーシアムを立ち上げ、この能力の解明と利用に向けて研究開発を進めています。

温室効果ガスの削減による気候変動の緩和は、喫緊の課題です。今後増え続ける人口増加と穀物需要に対応する「第二の緑の革命」に向けて、環境に優しい持続的な農業技術の開発が急がれます。

本提言は、国際科学専門誌「Plant Science」電子版(日本時間2017年5月19日)に掲載されました。

<関連情報>
予算:運営費交付金

発表論文

<論文著者> Subbarao, G. V.Arango, J., Kishii, M., Hooper, A. M., Yoshihashi, T., Ando, Y., Nakahara, K., Deshpande, S., Ortiz-Monasterio, I., Ishitani, M., Peters, M., Chirinda, N., Wollenberg, L., Lata, J. C., Gerard, B., Tobita, S., Rao, I. M., Braun, H. J. Kommerell, V., Tohme, J. and Iwanaga, M.

<論文タイトル> Genetic mitigation strategies to tackle agricultural GHG emissions: The case for biological nitrification inhibition technology

<雑誌> Plant Science (2017) DOI: 10.1016/j.plantsci.2017.05.004

問い合わせ先など

国際農林水産業研究センター 理事長 岩永 勝
研究推進責任者:プログラムディレクター 飛田 哲
研究担当者:生産環境・畜産領域 主任研究員 スバラオ, G. V.、安藤康雄
広報担当者:企画連携部 情報広報室長 辰巳英三
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp

本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配布しています。

背景

窒素肥料の多量投入は、穀物の大量増産を可能とした、緑の革命を実現させた一つの大きな要因です。しかし、その後投入量はさらに増えて、現在では、多くの地域で過剰状態となっており環境負荷の増大が深刻な問題となっています。畑作物では、一般に、投入された窒素肥料のうち、植物体が吸収利用するのは1/3程度であり、残りは一酸化二窒素(亜酸化窒素ともいう、N2O)などの気体となって失われ、また地下水などに流れ出て環境を汚染します。

地球の温暖化をもたらす温室効果ガスの約24%が農業活動に由来しています。特にN2Oは、二酸化炭素(CO2)の約300倍の温室効果をもち、人為的発生源のうち約5割のN2Oはこれら農業活動に由来すると言われています。今後、世界的な人口の急激な増加による農業生産の増大にともなって窒素肥料の使用量が増えると、結果としてN2O発生量も増加します。これまでに硝化抑制剤入り肥料や被覆肥料などのN2O発生抑制技術が開発されていますが、コストが高くほとんど普及していません。したがって新たな削減技術の開発が強く望まれているところです。

経緯

JIRCASはこれまで「生物的硝化抑制(BNI)」1) に関する研究を行ってきましたが、最近、一部の農作物が自身の根から物質(ブラキアラクトン2)やソルゴレオン3)など)を分泌して効率的にN2Oの発生を抑制するとともに、農作物による窒素吸収が増え、生産性が上がることを明らかにしています。JIRCASは、国際農業研究機関や大学とともにBNI 研究の連携を図るため、2015年に国際BNIコンソーシアムを立ち上げました。2016年9月につくばにて国際BNIシンポジウムを開催し、多くのコンソーシアムメンバーが参加しました。この中で、「生物的硝化抑制」が地球環境の改善と作物の生産性向上の両方に効果的に働く画期的な技術であり、BNIを利用した実用化技術の開発が急務であるとの共通認識を持つことができました。

内容と今後の予定・期待

今回の提言は、昨年9月のシンポジウムで確認された、生物的硝化抑制(BNI)技術の革新性と、その活用に向けた開発研究の緊急性を世界に発信しています。

この新技術の活用には、BNI能力を高めた農作物の品種開発が、効率的かつ効果的です。JIRCASは国際農業研究機関と共同で、現在、ソルガム(モロコシ)、コムギ、熱帯牧草でこの機能を有する品種の開発に向けた研究に取り組んでいます。将来的に新品種が広く栽培されるようになれば、農地からのN2O発生や水質汚染が減って、作物による窒素吸収量が増えます。つまり、窒素肥料の使用量を減らし栽培コストを抑え、環境にやさしい農業の実現に貢献します。また、広い範囲の作物種でもこの新技術は展開できると考えています(図)。

用語の解説

1) 生物的硝化抑制(Biological Nitrification Inhibition、BNI)

植物が根から物質を分泌して土壌中の硝化を抑制することを指します。硝化(硝酸化成)は、窒素肥料に関係した土壌微生物(硝化菌)による作用ですが、農地での活動が活発になりすぎると、多くの問題を引き起こします。

2) ブラキアラクトン

熱帯牧草Brachiaria humidicolaの根から分泌される難水溶性物質で、2009年に硝化抑制作用を持つ物質として、JIRCASによって世界で初めて同定されました(Subbaraoら、PNAS 2009)。

ブラキアラクトン

 

3)ソルゴレオン

ソルゴレオン

 ソルガム(モロコシ、高粱)の根から分泌される硝化抑制作用を持つアレロパシー(植物が生産し他の個体あるいは他の生物に及ぼす作用)物質です。品種系統によって、分泌量が異なります(Subbaraoら、Plant Soil 2013)。

農作物の生物的硝化抑制能力と窒素肥料のゆくえ

図 農作物の生物的硝化抑制能力と窒素肥料のゆくえ

 

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