マレーシア半島地区における林業種苗配布区域の設定手法

研究課題
マレーシア・フタバガキ択伐林業の持続性評価及び向上技術の開発
プログラム名
開発途上地域の農林漁業者の所得・生計向上と農村活性化のための技術の開発
予算区分
交付金[持続的林業]
研究期間
2014 年度(2011〜2015 年度)
研究担当者
谷 尚樹・Norwati Muhammad・Lee Soon Leong・Ng Chin Hong・Tnah Lee Hong・Kevin Kit Siong Ng・Lee Chai Ting・Nurul Farhanah Zakaria(マレーシア森林研究所)・津村義彦(筑波大学)
発表論文等
  1. Lee CT et al. (2014) Cons Genet Res 6:389-391. DOI: 10.1007/s12686-013-0100-9
  2. Ohtani M et al. (2013) Mol Ecol 22:2264-2279. DOI: 10.1111/mec.12243
  3. Ohtani M et al. (2012) Cons Genet Res 4:351-354. DOI: 10.1007/s12686-011-9546-9
  4. Ng KKS et al. (2009) Cons Genet Res 1:153-157. DOI: 10.1007/s12686-009-9037-4
  5. Tnah LH et al. (2009) Forest Ecol Manag 258:1918-1923. DOI: 10.1016/j.foreco.2009.07.029

研究の背景・ねらい

数年に一度、不定期に一斉開花が生じる東南アジアの湿潤熱帯地域では、一斉開花の起こった地域で大量に種苗が生産される。そのため、通例、開花規模が小さいか開花しなかった地域へ種苗輸送が行われる。しかし、環境の異なる地域間の移動は植栽した種苗の定着や成長に影響を与え、生産性を低下させる恐れがあると共に、地域環境に適応した遺伝変異を攪乱する。そこで、マレーシア半島地区の林業樹種の遺伝的変異データを例示し、地域間で検出した遺伝的な違いに基づいて林業種苗配布区域を設定する必要性を現地研究機関と行政機関に示すと共に、現地研究機関に林業種苗配布区の設定手法を普及する。

研究の成果の内容・特徴

  1. 研究機関が独自に他の重要な林業樹種について本手法を活用できる。
  2. マレーシア半島地区において主要な林業樹種である異なるフタバガキ科樹種の地域間の遺伝的な違いから、樹種毎に種苗配布区域を設定することの重要性を示している。
  3. 種苗配布区域の必要性を利害関係者が理解し易い構成内容のパンフレットにしている。そこではマレーシア国内での研究結果を紹介すると共に、先進国で既に設定された種苗配布区域の実例を織り交ぜ重要性が理解されるよう工夫されている。

追跡調査実施時の状況(平成29年度)

平成26年度主要普及成果「マレーシア半島地区における林業種苗配布区域の設定手法」に関する追跡調査を平成29年11月19日から24日に実施した。外部評価者として、名古屋大学 大学院生命農学研究科 戸丸信弘 教授を招聘した。

追跡調査では、マレーシア半島森林局(FDPM)、マレーシア森林研究所(FRIM)、パハン州森林局レタン種子・苗木生産センター、パソー森林保護区を訪問し、主要普及成果に選出後のマレーシアにおける普及、インパクト等について、共同研究者らから説明を受け、意見交換を行った。

以下で、分析項目ごとに外部評価者のコメントを含めて調査の結果を示す。

追跡調査における外部評価者のコメント(外部評価者 名古屋大学 大学院生命農学研究科 戸丸信弘 教授)

受益者・ターゲットグループの明確性

聞き取り調査からも本研究成果の直接的な受益者はマレーシア森林研究所(FRIM)であり、政策面でマレーシア半島森林局(FDPM)を支援するものであることが確認された。よって、受益者・ターゲットグループは明確である。

目標の妥当性

FDPMおよびFRIMは、林業種苗配布区域の設定手法が必要なことを認識しており、本研究成果はマレーシアの政策に合致していることが確認されたことから、本研究成果の目標は妥当であると考えられる。

内容の有効性

 既にFRIMからFDPMに対し、本研究成果に基づく政策提案が行われ、研究評価会議での承認も終えていること、また、本研究成果に基づき、FRIMが独自に5樹種(Chengal(Neobalanocarpus heimii)、Ramin(Gonystylus bancanus) Kempas(Koompassia malaccensis)、Merati bukit(Shorea platyclados)Karas(Aquilaria malaccensis))を対象としたガイドラインを作成し、FRIM発行のResearch Pamphletシリーズにまとめ、出版予定であることからも本研究成果の内容は有効であったと判断できる。

(参考1)
 マレーシア半島では、FRIMの研究成果が政策に反映されるプロセスとして、1) FDPMの研究評価会議での承認、2) 各州の森林局長が構成員となる局長会議での承認(Mesyuarat Majlis Urusan Hutan Dan Silvikultur (MAJURUS) と呼ばれる)、という2段階の承認が必要となる。本研究成果に基づく政策提案は、既に1) をクリアしている。

(参考2)
 FRIMは自身が出版する学術雑誌「Journal of Tropical Forest Science」以外に12のカテゴリーの出版物を刊行している。Research Pamphletシリーズはその一つで、長期観測・実験に基づく研究成果や個々の課題に対するレビューを出版する。

(参考3)
 5樹種を対象としたガイドラインは、その後2018年1月に出版された。
  https://info.frim.gov.my/infocenter/Korporat/2003Publications/Links/RP/RP137.htm
  また、本成果はマレーシアの顕彰団体であるMalaysia book of recordsからマレーシアで初めての種苗移動のガイドラインと認定された。

普及体制や組織の有無・明確性

将来的にFDPMの政策として反映された場合、マレーシア半島に60箇所設置されている種子・苗木生産センターを通じて実施が図られる予定であり、普及体制は既にある。

普及のための外部要因やリスク

現地調査を通しては特に確認されなかった。

波及効果(インパクト)の有無

FRIMにおける聞き取り時に、FRIMが中心となり、シンガポールの個人やマレーシア半島内の各州の森林局及び国立公園局から依頼を受け、住宅建材の種同定、伐採後の切り株のDNAと木材のDNAの照合等を行うことで、木材鑑定、違法伐採の捜査に協力している事例が紹介された。これは、本研究成果が直接目指していたことではないが、波及効果(インパクト)と考えられる。

自立発展性の有無

既にFRIMからFDPMに対し政策提案が行われており、FRIM独自でも5樹種を対象としたガイドラインを作成していることからも自立発展性が見込まれる。また、将来的に政策の実施を担う種子・苗木生産センターは連邦政府と州政府からの人的・財政的な支援により活動しており、海外からの援助等は受けておらず、組織としての自立発展性も高いと考えられる。

その他

特になし。

総合評価

(1) 普及が拡大または停滞している要因の分析

次世代の植栽苗木の生育を確実なものとするには種苗配布区域の設定は不可欠である。マレーシア半島地区では南北に移動しても、温帯地域を南北移動するほど環境変化は大きくない。しかし、西海岸と東海岸では降水量や降水パターンが異なるし、標高の差による環境変化も大きい。湿潤熱帯地域での実生の死亡の最も大きい要因は乾燥であり、降水量や降水パターンの違いに林業樹種が適応している可能性はあり、本技術の普及拡大が望まれる。一方、マレーシア半島森林局での聞き取り調査で明らかになったように、種子に休眠性のないフタバガキ科林業樹種では、不定期に数年に一度起こる一斉開花に依存した種子の採種が行われており、一斉開花以外の時期での種苗不足が深刻である。そこで、一斉開花が生じた地域からの種子や苗木の配布なしでは十分な種苗を供給できない現実がある。一斉開花に依存しない種苗の供給体制、例えば挿し木や組織培養などの栄養繁殖技術の同時開発なしには、種苗配布区域の設定が停滞する可能性がある。

(2) 普及拡大のための改善事項、提言

種苗配布区域の設定のためには諸外国で生じた無配慮な種苗の移動による不成績造林の事例や、種苗配布区域の設定例を丁寧に説明する必要がある。これらはJIRCASやFRIMにおいてある程度行われているが、今後も行政機関に対して引き続き行われることが望まれる。現在、FRIMが移植試験地における地域環境適応性の実証研究を開始しているが、これらの長期試験データを提示することも、行政機関が本技術を導入する動機付けになるだろう。また、FRIMによって5樹種の種苗配布区域が設定されたが、5樹種では種多様性の高い熱帯地域での植栽樹種をカバーしておらず、今後も他樹種での種苗配布区域の設定が望まれる。

(3) 今後の追跡調査の必要性、方法・時期等の提言

FRIMが他樹種において種苗配布区域の設定案を提示した時期や各州の森林局長が構成員となる局長会議(MAJURUS)に提案した時期に本技術の導入調査を行うことが望ましい。

(4) その他(類似プロジェクトや類似地区における研究プロジェクト実施における提言等)

種苗配布区域の設定には、中立な遺伝マーカーを用いた調査結果だけでなく、産地試験や交互移植試験による地域環境適応性の調査結果に基づくことが望まれる。しかし、後者の調査には長期間かかるため、気象条件などの環境条件のデータに加えて、まずは前者の調査結果だけで種苗配布区域を設定し、その後、後者の調査で得られた結果に基づいて種苗配布区域を改善していく必要がある。種苗配布区域設定の研究プロジェクトでは、産地試験地や交互移植試験地を同時に設定することは非常に重要である。また、後者の調査の欠点を補うため、適応的遺伝子を活用して地域適応性を直接的に評価する技術開発も行っていく必要がある。

写真1 FDPMからの聞き取り状況

写真2 FDPM局長への概要説明

写真3 FRIM天然林保全部長からの聞き取り状況

写真4 FRIMバイオテクノロジー部における聞き取り状況

写真5 FRIMが出版準備中のガイドライン

写真6 FRIMの試験圃場

写真7 レタン種子・苗木生産センターでの意見交換

写真8 レタン種子・苗木生産センター・苗畑の視察