微生物によるセルロースの低コスト直接糖化法の開発

研究課題
熱帯農作物残渣からのバイオエタノール生産技術開発
プログラム名
開発途上地域の農林漁業者の所得・生計向上と農山漁村活性化のための技術の開発
予算区分
交付金[アジアバイオマス]、受託[農林水産省・草本を利用したバイオエタノールの低コスト・安定供給技術の開発]
研究期間
2014年度(2011~2015年度)
研究担当者
小杉昭彦・Panida Prawitwong・Rattiya Waeonukul・Chakrit Tachaapaikoon・Khanok Ratanakhanokchai
発表論文等
  1. Prawitwong P et al. (2013) Biotechnol Biofuels, 6:184-195. DOI: 10.1186/1754-6834-6-184
  2. 小杉昭彦ら 平成23年度国際農林水産業研究成果情報19号13「酵素投入コスト削減のためのセルロース分解酵素リサイクル利用法」
  3. 小杉昭彦ら 「グルコースの生産方法」特許出願番号PCT/JP2013/056511

研究の背景・ねらい

セルロース系バイオマスからのバイオ燃料やバイオ化成品生産において、効率よく安価に糖化し、グルコース等の発酵糖を得るための技術開発は重要である。現在、カビを用い酵素(セルラーゼ)生産を行い、そのセルラーゼを大量に使用し糖化を行っている。しかし、セルラーゼ調製費用や糖化効率向上を狙ったセルラーゼの大量使用のため糖化プロセスが高コスト化し、実用化の大きな障害となっている。本研究ではセルラーゼを使用せず、微生物培養だけでセルロースを糖化させ、生成するセロビオースをリサイクル可能なβ-グルコシダーゼによりグルコースへ変換させ、培養液に蓄積させる。微生物培養及びβ-グルコシダーゼのリサイクルによる糖化のため酵素使用やコストを大幅に減らことができる。

研究の成果の内容・特徴

  1. 本方法は、好熱性セルラーゼ高分解菌クロストリジウム・サーモセラムの培養時に好熱菌由来のリサイクル可能なβ-グルコシダーゼを共存させることで、直接セルロースを糖化しグルコースを培養液に遊離、蓄積させる糖化法である。本方法を生物学的同時酵素生産・糖化(Biological Simultaneous Enzyme-production and Saccharification: BSES)法と命名した。
  2. 10%(w/v)セルロースを含んだ培地に本菌の培養と同時に1gセルロースあたり10ユニット(1ユニットは1分間に1µmolのグルコースを生成する酵素活性力)の耐熱性β-グルコシダーゼを共存させると、6~8日間で約7%(w/v)のグルコースを培養液中に蓄積する。
  3. 本菌は、セルロース分解生成物であるセロビオース(グルコースがβ-1,4結合した2糖)のようなセロオリゴ糖は速やかに代謝するが、共存するβ-グルコシダーゼにより強制的にグルコースへ変換された後は代謝されずに培養液に蓄積されていく。
  4. 実際のバイオマスサンプルとして、アルカリ前処理稲わら(セルロース10%含有)を用いてBSES法を行った結果、4~5日間で7.2% (w/v)のグルコースを培養液中に蓄積できる。
  5. 従来使用していたセルラーゼを使用せず、本菌の培養とリサイクル可能なβ-グルコシダーゼにより、セルロースからのバイオ燃料コスト全体の4割強を占める糖化コストを全体の約1割の培養コストのみに圧縮できる点で、これまでに無い画期的糖化技術である。

追跡調査実施時の状況(平成28年度)

平成26年度主要普及成果「微生物によるセルロースの低コスト直接糖化法の開発」に関する追跡調査を平成28年12月7日から10日に実施した。外部評価者として、三重大学生物資源学研究科苅田修一教授を招聘した。

追跡調査では、タイ国キングモンクット工科大学トンブリ校(KMUTT)を訪問し、主要普及成果に選出後のタイにおける普及、インパクト等について、共同研究者らから説明を受け、意見交換を行った。また、整備途中の実証施設を見学し、バイオガス製造リアクターについては5ヶ月前から運転試験が行われており、その前処理施設として、主要普及成果に選定されたBSES法を行う施設が、2017年2月に設置予定であることを確認した。さらに、タイ国立遺伝子工学・生物工学センター(BIOTEC)を訪問し、関係者と意見交換を行うとともに、BIOTEC内の研究施設及びBIOTEC内に設置されているタイ国生物資源センター(TBRC)を視察した。

以下で、分析項目ごとに外部評価者のコメントを含めて調査の結果を示す。

追跡調査における外部評価者のコメント(外部評価者 三重大学生物資源学研究科 苅田修一教授)

受益者・ターゲットグループの明確性

受益者として、バイオマスリファイナリー産業進出を図る日本企業及び、事業展開を希望する現地企業があげられている。これらのターゲットは、明確である。地球規模での温暖化防止については、パリ協定をまたずして、人類の大きな課題である。化石燃料に依存しないバイオ燃料をはじめとするバイオプロダクトを生産するリファイナリー工業は、まさに温暖化防止の切り札とも言える。これらの原料となるバイオマスが豊富な東南アジア諸国は、その潜在的なバイオマス生産能力において重要な拠点となりえる。実際に、近年、日本企業におけるバイオマスリファイナリー進出が目立ってきている(例えば、「東レ、タイでバイオ燃料原料生産」日本経済新聞2017年1月、「キャッサバ残さからバイオ燃料、サッポロHD、タイで商用化」日本経済新聞同年1月)。また、現地での農業生産者の所得を増やす意味での残渣利用、政府の政策などを考慮したとき、事業展開をする現地企業をターゲットとすることは、明確である。

本件では、すでにIHI環境エンジニアリングとの「パームプランテーション事業における環境対策技術の開発」に関してプレス発表もしており、すでに成果が出ていることからも、ターゲットは明確になっている。

目標の妥当性

一般にセルロース系バイオマスによるバイオ燃料において、設備の減価償却費を除いて、コストに大きく影響を与えるものが、原材料費、セルロース質バイオマスを糖化する酵素類と、酵素分解を促進するための前処理に関する費用である。BSES法では、糖化酵素にかかる費用と、前処理の費用を大きく削減できる可能性を有しており、目標としては妥当である。とくに、タイ国では、バイオ燃料生産の拡大を政策としており、目下のところ、サトウキビ、キャッサバデンプン等を原材料として展開をしているが、その残渣であるセルロース質バイオマスの利用は課題でもある。そのような状況でのBSES法の普及目標は妥当である。

写真1は、KMUTTに設置された微粉化装置で、実際に稲ワラを微粉化したものである。BSES法では、こうした材料を利用できるので、化学的な前処理(希硫酸処理、アンモニア処理、アルカリ処理など)にかかるコストを大きく削減できるメリットもある。

写真1.微粉化装置で稲ワラを微粉化したもの

内容の有効性

BSES法を取り入れたパイロットプラントによる試験が開始されている。また、本調査において、KMUTTに設置されたバイオガス生産の試験リアクター装置を見学した。ここでは、キャッサバ残渣を使用し、バイオガス生産の発酵試験が行われていたが、数ヶ月にわたり、安定的にバイオガス生産ができていた。このシステムでは、キャッサバ残渣だけでなく、サトウキビ残渣、トウモコロコシなどの農産物残渣にも利用でき、タイ、マレーシアのみならず、東南アジア諸国への普及が可能である。これらのことから、BSES法は、バイオ燃料(ガスを含む)生産への活用に有効であると考えることができる。

普及のための外部要因やリスク

BSES法が普及するための外部要因として考えられるのは、最終製品となるバイオ燃料の価格と、残渣処理における費用などをあげることができる。長期的に見れば、化石燃料等の有限資源の枯渇は時間の問題であり、持続的生産が可能であるバイオ燃料は、投資価値もありその技術の重要性は問題ない。しかしながら短期的にみれば化石燃料価格の低下などは、BSES法が普及するための外部要因となりえる。また、環境保全に関して考えた場合、未利用残渣の資源化はメリットがあるものの、現行の廃棄物処理に比べて、新規の設備

導入コストと得られるバイオ燃料の利益を比べて考えた場合、現状では、残渣の資源化のメリットが小さい。そのため、各国の二酸化炭素削減の目標と、それに向けた政策により、BSES法の普及は影響を受ける可能性がある。

波及効果(インパクトの有無)

BSES法の主要な部分は、セルロース質バイオマスの糖化であり、グルコースの安価な生産システムにある。最終産物をバイオ燃料と考えるとどうしても化石燃料等の既存エネルギー源との価格比較になってしまうが、バイオリファイナリーとして、燃料よりも価値ある化学物質の発酵原料と考えることができれば、展開を広げることができる。その意味でも、今回訪問したBIOTECH及びTBRCでの議論は興味深いものがあった。タイ国をはじめとする亜熱帯、熱帯領域には、まだまだ未分離の微生物資源が手つかずの状態で存在しており、新しい機能をもった微生物が次々と単離され、同センターにストックされている。こうした状況で、BSES法の糖化技術と、新たな化学物質を生産する微生物を組み合わせることにより、有用化学物質のバイオマスからの生産が可能になると考えることができる。

また、農産廃棄物や農業残渣等の利用は、これまで廃棄されていたものに価値を与え、農業生産者等に還元できる可能性がある。

写真2.BIOTECH における意見交換会の様子

写真3.TBRC

注)欧米の微生物カルチャーコレクションにはない熱帯域の独特な微生物のコレクションをもっており、これらの微生物の活用がBSES法と連携することで、バイオリファイナリーとなる対象の化学物質を広げることになる可能性がある。

写真4.BIOTECH の統合バイオリファイナリー研究室

自立発展性の有無

BSES法による成果は、共同研究先のKMUTTでの研究を見ても、十分に継承されると考えることができる。

写真5.KMUTTの若手研究者との意見交換会の様子

総合評価

(1)普及が拡大または停滞している要因の分析

BSES法の普及の要因は、地球規模での温暖化防止と二酸化炭素削減の動きと、化石燃料に依存しない持続的な社会形成の動きが大きく関わってくる。しかしながら、短期的にみると、化石燃料の価格の下落などに大きく影響される。現在、多くの日本企業が、東南アジア地域において、バイオ燃料生産、バイオリファイナリーに興味をもっており、複数の企業が実際に投資をはじめている状況である。実証実験等で、BSES法の有効性をアピールできれば、今後、採用する企業は増える可能性が十分にある。しかしながら、現地企業の経済基盤は脆弱であり、新しいシステムを簡単に導入できる状況ではない。

タイでは、2013 年より、100%ガソリンンの販売がされておらず、E10、E20、E85 が販売されている。このように東南アジアでのバイオ燃料シフトは急速に進行している状況にあることがわかる。

(2)普及拡大のための改善事項、提言

BSES法の普及拡大のためには、実証プラントにおける収益性をアピールすることにより、導入における動機づけを行うことが有効であると考える。また、バイオ燃料だけでなく、新たなバイオ化学物質の生産(バイオリファイナリー)への展開が重要であると考える。燃料よりも付加価値の高い化学物質の生産を検討することで、BSES法の普及につながると考える。

(3)今後の追跡調査の必要性、方法・時期等の提言

BSES法の追跡について、実証プラントの稼働状況により、年単位での運用実績の調査が必要であると考える。

(4)その他

タイ国には、様々な未利用なバイオマスが存在しており、今回の訪問においても、BIOTECH での議論のなかで、ホテイアオイの繁茂による被害があり、これらを燃料化できないかというような話もあった。短期的には、工業的に利用可能なキャッサバ残渣などを原材料とすることは問題ないが、幅広いバイオマスについて対応できるような展開がニーズにマッチするかもしれない。また、β-グルコシダーゼ添加における酵素剤の価格も、従来の酵素剤添加に比べて格段に低価格ではあるが、たとえば、β-グルコシダーゼを生産する微生物の共培養、あるいは、クロストリジウム・サーモセラムにおけるβ-グルコシダーゼの異種発現株の開発も、さらにBSES法のコストを削減することになり、BSES法の普及に貢献できると考えられる。

東南アジア地域におけるバイオマス活用における投資は、日本だけでなく、中国などでも行われており、特にサトウキビに関連したバイオ燃料生産には、中国資本が投入されている。BSES法は、日本発の技術であり、東南アジアにおけるバイオリファイナリー技術として普及するためにも、今後の展開に期待する。

写真6.E85のシールが貼られているタイ市内を走る自動車。