植物の硝酸イオン吸収を数理モデルにより予測

関連プロジェクト
レジリエント作物
要約
植物の主要な窒素源である硝酸イオンの利用に関わるNRT2遺伝子の制御システムの数理モデル化により、異なる条件における植物の硝酸イオン吸収を予測できる。数理モデルを用いたシミュレーションにより、転写抑制因子であるNIGT1が窒素栄養環境の変化に対するNRT2遺伝子の発現の安定化に寄与することが理論的かつ実験的に示される。この結果は、特定の植物形質のデザインとスマート育種における数理モデルの有用性を示唆する。

背景・ねらい

植物の主要な栄養素のうち、窒素は根で吸収され、核酸やタンパク質などの生体分子の構成成分となる。代表的な窒素源である硝酸イオンとアンモニウムイオンのうち、硝酸イオンは酸化的な環境で多く存在し、その供給量は植物の生育と密接に関わる。しかし、硝酸イオンの過度な吸収は、エネルギーの過度な消費や病原抵抗性の低下を引き起こすため、植物は根における主要な硝酸輸送体であるNRT2の遺伝子発現の緻密な制御により、硝酸イオンの吸収量を調節する。窒素吸収を人為的に調節するためにはNRT2遺伝子の発現量の制御が必要であるが、複雑な制御システム下にある植物応答の変化の直感的な理解は困難である。そのため、植物工場などの制御環境における窒素吸収の最適化した作物、およびレジリエンス強化作物の設計のためには、制御システムの変化がもたらす応答の変化を定量的に理解する必要がある。
本研究では、これまでに多くの知見が蓄積されているモデル植物シロイヌナズナにおいて、NRT2遺伝子の制御システムを数理モデルにより統合的に解析し(図1)、NRT2を介した硝酸イオン利用の調節に重要な制御因子を明らかにする。

 

成果の内容・特徴

  1. シロイヌナズナの硝酸イオン輸送体遺伝子NRT2.1の既知の制御システム(図2A)に関わる係数を、実測データの数式への当てはめにより取得し、常微分方程式を用いた数理モデルにより、NRT2.1遺伝子および制御を構成する分子の時間的挙動を定量的に表す(図1)。
  2. 2. 数理モデルに基づいた、野生型植物と、転写抑制因子であるNIGT1による制御を欠損させた植物におけるシミュレーションにより、転写促進因子であり、硝酸イオン濃度に応じて活性化するNLPとNIGT1からなる制御が、外界の硝酸イオン濃度が変動する条件において、NRT2.1遺伝子の発現を安定させることを予測できる(図2B)。
  3. 3. 野生型の植物では、外界の硝酸イオン濃度が変化する条件においてもNRT2.1遺伝子の発現が安定しているのに対し、NIGT1による制御システムを破壊した植物では、外界の硝酸イオン濃度依存的にNRT2.1遺伝子の発現量が大きく変化することから、レジリエンスの発揮にNIGT1が重要であることを実験的に示す(図3)。これは、図2Bの数理モデルから予測される挙動と一致しており、モデルの有効性を示す。

 

成果の活用面・留意点

  1. 数理モデルを用いた植物のレジリエンス機構の定量的な扱いにより、合成生物学等を利用した植物の形質デザインおよびスマート育種を加速化するツールとして活用できる(図1)。
  2. NRT2遺伝子の同様の制御システムは、嫌気的な土壌環境で生育するイネをはじめとする多くの植物種においても保存されており、この手法は、幅広い作物種における窒素吸収の最適化に活用可能である。
  3. 作物種における応用のためには、制御に関わるパラメータなどの基盤的データの拡充が必要である。

 

具体的データ

分類

研究

研究プロジェクト
プログラム名

食料

予算区分

交付金 » 第5期 » 食料プログラム » レジリエント作物

受託 » JST 戦略的創造研究推進事業

研究課題

JST戦略的創造研究推進事業CREST

研究期間

2020~2023年度

研究担当者

植田 佳明 ( 生産環境・畜産領域 )

科研費研究者番号: 70835181

柳澤 修一 ( 東京大学 )

科研費研究者番号: 20222359

ほか
発表論文等

Ueda and Yanagisawa (2023) Plant Physiology 193: 2865−2879.
https://doi.org/10.1093/plphys/kiad458

日本語PDF

2023_B04_ja.pdf1.27 MB

English PDF

2023_B04_en.pdf489.64 KB

※ 研究担当者の所属は、研究実施当時のものです。

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