主要普及成果追跡評価 : 簡易茎頂接ぎ木法によるパッションフルーツのウイルスフリー化技術
- 主要普及成果名
- 選定年度
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令和3年度(2021年度)
- 成果担当者
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山中愼介(国際農研 熱帯・島嶼研究拠点)
緒方 達志(国際農研 熱帯・島嶼研究拠点)
1.研究の背景・ねらい
パッションフルーツ (Passiflora edulis L.) は気候変動に対応できる熱帯果樹として国内の生産地が増えているが、栽培増加に伴いPLV等ウイルス病の発生が問題となっている。わが国のパッションフルーツは主に挿し木による栄養繁殖のためウイルス感染が拡大しやすく、増殖用の母樹や株数が限られる遺伝資源が感染してウイルスフリー株の確保が困難になる事例も発生している。
パッションフルーツのウイルスフリー化手法としては無菌環境における茎頂培養法が報告されているが、多大な労力と時間を要する。一方カンキツでは、茎頂培養法よりも効率の良い無菌環境下での茎頂接ぎ木法によるウイルスフリー化技術が開発され、さらには無菌操作を必要としない簡易茎頂接ぎ木法も開発、実用化されている。そこで、労力等軽減により現場への導入を容易にするため、簡易茎頂接ぎ木法によるパッションフルーツのウイルスフリー化技術を開発する。
2.研究の成果の内容・特徴
- 一般的な茎頂接ぎ木では暗黒下で育てた軟弱実生幼苗を台木とするが、パッションフルーツでは自然光下で育成した高さ40 cm程度(播種後約2カ月)の充実した実生苗を用いると効率的に茎頂接ぎ木が可能となる(図1)。
- 本方法は無菌操作や特殊な施設を必要とせず、一般農家でも実施可能である。慣れれば1時間に10処理以上実施できるなど作業効率が良い。
- 茎頂の長さ2 mm以下で切り取るとPLVフリー化が可能となる(表1)。切り取る茎頂が小さいほどPLVフリー化率は高くなるが、活着率は低下する(表1)。
- 茎頂接ぎ木後30日程度で発芽する(表2)。また、発芽1カ月後にはウイルス検定が行える大きさに成長する(図1)。
- 気温が高いと活着率が低下する(表2)。このため、盛夏期は避けるのが望ましい。
- 穂木の枝を採取後1日経過してから茎頂接ぎ木を行なってもPLVフリー株が得られる(表3)。
図表はOgata and Yamanaka (2021) Horticulture Journal 90: 280–285 より改変(転載・改変許諾済)
表1 茎頂(穂木)の長さが活着率、およびウイルスフリー化率に及ぼす影響
z:Fisher's exact testにより*は5%水準で有意差有、NSは有意差無。
表2 簡易茎頂接ぎ木時の気温と活着率、ウイルスフリー化率との関係
切り取った茎頂(穂木)の長さは0.5–1 mm。
z:Fisher's exact testにより*は5%水準で有意差有、NSは有意差無。
表3 穂木の保存条件が活着率、およびウイルスに及ぼす影響
切り取った茎頂(穂木)の長さは0.5–1 mm。
z:Fisher's exact testにより*は5%水準で有意差有、NSは有意差無。
3.追跡評価実施時の状況(令和6年度)
本追跡評価は、外部評価者を山本 雅史(鹿児島大学農学部教授)、研究担当者を山中愼介(国際農研熱帯・島嶼研究拠点所長)および緒方達志(元国際農研)とし、同成果の利用状況や普及に向けた課題を把握するため沖縄県および鹿児島県において現地調査を実施した。その際、これまでの研究・普及活動と沖縄・鹿児島両県の現状を踏まえ、評価項目に対する分析内容、判断基準と評価の手法を表1の通り設定した。
表1 評価項目に対する分析内容と判断基準
項目 |
分析内容・判断基準 |
調査項目・手法 |
①受益者・ターゲットグループの明確性 |
分析内容:パッションフルーツ苗のウイルスフリー化は必要とされているか 基準:パッションフルーツのウイルス病発生状況 |
調査項目:パッションフルーツのウイルス病発生状況 手法:種苗生産者、種苗販売者、自治体農業研究センター、および植物ウイルス病専門家への聞き取り調査 |
②目標の妥当性 |
分析内容:パッションフルーツのウイルス病は生産上問題となっているか 判断基準:調査地におけるパッションフルーツのウイルス病の発生程度 |
調査項目:調査地におけるパッションフルーツの苗生産手法 手法:種苗生産者、種苗販売者、自治体農業研究センター、および植物ウイルス病専門家への聞き取り調査 |
③内容の有効性 |
分析内容:簡易茎頂接ぎ木法に取り組んだか 判断基準:簡易茎頂接ぎ木法への取組程度 |
調査項目:簡易茎頂接ぎ木法の実施状況 手法:種苗生産者、種苗販売者、自治体農業研究センター、および植物ウイルス病専門家への聞き取り調査 |
④普及体制や組織の有無・明確性 |
分析内容:技術普及の手段は適切であったか 判断基準:講習会等の開催数 |
調査項目:国際農研が実施した簡易茎頂接ぎ木法に関する講習会の開催数 手法:アクセス数確認 |
⑤普及のための外部要因やリスク |
分析内容:簡易茎頂接ぎ木法の普及に必要な組織、体制があり、機能しているか 判断基準:普及に関わる組織の状況 |
調査項目:簡易茎頂接ぎ木法を実施および普及が可能な体制の有無および現状 手法:種苗生産者、種苗販売者、自治体農業研究センター、および植物ウイルス病専門家への聞き取り調査 |
⑥波及効果(インパクト)の有無 |
分析内容:簡易茎頂接ぎ木法が栽培地の生産農家、種苗生産、および関連する組織の活動にまで波及しているか 判断基準:技術の普及状況 |
調査項目:種苗生産者が簡易茎頂接ぎ木法により作出したパッションフルーツ苗の出荷件数 手法:種苗生産者、種苗販売者、自治体農業研究センター、および植物ウイルス病専門家への聞き取り調査 |
⑦自立発展性の有無 |
内容:簡易茎頂接ぎ木法が自立的、持続的に活用される可能性はあるか 判断基準:種苗生産者が自ら簡易茎頂接ぎ木法をノウハウとして維持できるか
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調査項目:種苗生産者における簡易茎頂接ぎ木法の定着程度 手法:種苗生産者、種苗販売者、自治体農業研究センター、および植物ウイルス病専門家への聞き取り調査 |
4.分析項目ごとの評価結果
現地調査で得られた情報を基に、本主要普及成果を調査・分析項目(8項目)毎に評価した。評価結果を以下に示す。
①受益者・ターゲットグループの明確性
- パッションフルーツ苗のウイルスフリー化は必要とされているか
沖縄県においてはウイルス病感染によるパッションフルーツの収量減少が問題となっている。一方、鹿児島県のパッションフルーツ生産において、現時点でウイルス病は大きな問題とは認識されていない。これは、喜界町を中心としたウイルスフリー苗生産システムが機能しているためと言える。ただし、深刻な被害ではないものの、葉のモザイク症状(写真参照)が時折観察され、潜在性ウイルスによる可能性がある。
ウイルス病がパッションフルーツの生産性を低下させている沖縄はもとより、潜在性ウイルスの感染の可能性がある鹿児島においても、パッションフルーツの苗生産者、栽培農家、および販売業者が受益者となることは明確である。
②目標の妥当性
- パッションフルーツのウイルス病は生産上問題となっているか 簡易茎頂接ぎ木法の実施に意欲はあるか
上述の通り、沖縄県と鹿児島県とでは、パッションフルーツのウイルス病発生の状況は大きく異なる。ウイルス病がパッションフルーツの生産性を低減させている沖縄においては、ウイルスフリー化技術が強く望まれており、簡易茎頂接ぎ木法の実施に意欲的であった。一方、ウイルス病が大きな問題とは認識されていない鹿児島県島嶼部(奄美大島および喜界島)においては、簡易茎頂接ぎ木法の採用に対しては消極的であった。しかし、鹿児島においても潜在性ウイルスによるものと思われる葉のモザイク症状が観察されており、ウイルス病に対する懸念が示されている。鹿児島県本土におけるパッションフルーツ栽培の増加に伴い、鹿児島県農業開発総合センター本所においてはウイルスフリー化の手段としての簡易茎頂接ぎ木法の有用性に注目しており、同本所の特産果樹研究室およびバイオテクノロジー研究室において将来的な同手法の導入および技術普及への意向が確認された。従って、沖縄県においては本主要普及成果の目標は妥当であり、また、鹿児島県においては現時点でのニーズは低いものの、将来的には重要な技術となり得る。
③内容の有効性
- 簡易茎頂接ぎ木法に取り組んだか
- 簡易茎頂接ぎ木法はどの程度簡易と言えるか
- 簡易茎頂接ぎ木法がどの程度ウイルス病罹病防止の効果を持ったか
上述の通り、沖縄県、鹿児島県いずれにおいても簡易茎頂接ぎ木法によるウイルスフリー苗作出を実施している関係者はいなかった。しかし、その事情は両県間において異なる。沖縄県においては、沖縄県農業研究センター糸満支所、名護支所、沖縄県農業改良普及センター、および琉球大学農学部が試みたものの、いずれも成功しなかったとのことである。すなわち、簡易茎頂接ぎ木法を採用する機運自体はあったと言える。一方、鹿児島県においては、本主要普及成果を発表後、鹿児島県農業開発総合センター大島支場において講習会を実施し、技術普及を試みたものの、大島支場ではその実用化の機運が高まることはなかったとのことである。簡易接ぎ木法を実施できなかった沖縄と実施しなかった鹿児島、という対比とも言えよう。これは、ウイルス病による被害が発生している沖縄県と、深刻化していない鹿児島県との差であると考えられる。
簡易茎頂接ぎ木法は、少なくとも沖縄県関係者においては簡易とは言いがたいものであると考えられる。また、本技術にかかるYouTube動画を視聴した鹿児島県の関係者は、本技術を職人技と評したことから、やはり簡易であるとの印象は保たれていないようであった。本技術は茎頂培養によるウイルスフリー化と比較して簡易である、あるいは、カンキツ類の茎頂接ぎ木と比較して簡易であることは明らかであるが、未経験者が即実行できる技術ではないと言える。
簡易茎頂接ぎ木法が採用されていないため、パッションフルーツの苗生産現場でどの程度ウイルス病罹患防止の効果を持つのかは本評価から明言することはできない。
④普及体制や組織の有無・明確性
- 技術普及の手段は適切であったか
- またどの程度普及したか
簡易茎頂接ぎ木法に関して、国際農研が実施した講習会は2件(沖縄県名護および鹿児島県奄美大島)であり、本手法に関するYouTube動画へのアクセス数(視聴回数)は1943件であった。また技術マニュアル(パッションフルーツ簡易茎頂接ぎ木実施マニュアル&ウイルス病感染防止対策例)へのアクセスおよびダウンロード数はそれぞれ948および267件であった(動画およびマニュアルへのアクセス数等は令和7年2月20日現在)。本技術を公表してわずか3年ほど経過したところであり、普及体制の適否について判断するのは尚早であると考えるが、少なくとも令和6年度時点において本技術が普及しているとは言えない。
⑤普及のための外部要因やリスク
- 簡易茎頂接ぎ木法の普及に必要な組織、体制があり、機能しているか
上述の通り、沖縄県においては、沖縄県農業研究センター糸満支所、名護支所、沖縄県農業改良普及センター、および琉球大学農学部が簡易茎頂接ぎ木法に取り組んだことから、これらの組織が簡易茎頂接ぎ木法を普及するポテンシャルを有すると考えられる。しかし、現状、いずれの組織も本手法の普及に機能しているとは言えない。その要因は、数度の実施でやめてしまったこと、異動により継続的な取組ができなかったこと、および他の果樹種において茎頂接ぎ木の経験がある者が担当者の中にいなかったことなどが挙げられる。沖縄県においてはウイルスフリー苗に対する要求度は高く、簡易茎頂接ぎ木法が上述のいずれかの組織で定着すれば、本技術およびそれにより作出されたウイルスフリー苗が一気に広がりを見せる可能性はある。一方、鹿児島県においては、ウイルス病が深刻な被害をもたらしていない現状もあり、簡易茎頂接ぎ木法採用に対しては消極的であると言える。ウイルスフリー苗が提供され、クリーンな環境とされる喜界島での増殖が可能であればそれは望ましいとの見解ではあった。ウイルスフリー苗の作出および保存について、鹿児島県園芸振興協議会で議論することは可能とのことなので、ウイルスフリー化の必要性が増す、あるいは本手法で作出されるウイルスフリー苗のメリットが明確になるなどの状況変化が生じれば、鹿児島県に広がる可能性はある。ただし、技術の伝達手法や人材の育成については別の課題として取り組む必要がある。
⑥波及効果(インパクト)の有無
- 簡易茎頂接ぎ木法が栽培地の生産農家、種苗生産、および関連する組織の活動にまで波及しているか
- どの程度簡易茎頂接ぎ木法が地域的広がりを見せたか
- また、生産性の向上に寄与しているか
沖縄県および鹿児島県いずれの調査地域においても簡易茎頂接ぎ木法は採用されていなかった。ウイルスフリー苗を自前で作出する意欲については、沖縄県と鹿児島県とで温度差があるものの、ウイルスフリー苗を入手したいという希望については一致を見た。本技術がどこか1か所においてでも定着すれば、それが波及効果を及ぼす可能性は大いにある。鹿児島県農業開発総合センター本所においては本技術の導入について前向きな意向があり、主要産地の奄美大島など県内各地への技術導入・普及の足掛かりとなることが期待される。
⑦自立発展性の有無
- 簡易茎頂接ぎ木法が自立的、持続的に活用される可能性はあるか
簡易茎頂接ぎ木法の技術普及を目指し、国際農研ではマニュアルを公開するとともに、講習会の開催、YouTubeでの解説動画公開を実施してきたが、現状沖縄県および鹿児島県いずれの調査地域においても採用に至っていない。このことは、少なくとも未経験者にとって本技術の習得が困難であることを示唆する。少数名でも構わないのでオンサイトトレーニングによる技術習得が技術定着の要件の一つとなると考える。その上で、技術習得者が内部トレーナーとしての役割を果たすような体制が整えば、本技術が自立的、持続的に活用される可能性はある。
5.総合評価
(1) 普及が拡大または停滞している要因の分析
本技術は無菌環境や特別の施設を必要としないウイルスフリー植物作出技術であり、その普及が期待されていたが、現在のところパッションフルーツ苗の生産現場で実施されていない。これはこの技術に価値が無いためでなく、技術的な問題(沖縄県)や実施の必要性が現状では無いため(鹿児島県)である。本技術の価値はいずれにおいても認められており、研究・普及・生産現場での評価は極めて高い。
(2) 普及拡大のための改善事項、提言
ウイルス病が果実生産の阻害要因となっている地域では、本技術によるウイルスフリー苗生産が待望されていることから、技術的な問題が解決できれば普及は一気に進展するものと考えられる。そのためには、現在までの普及活動に加え、熟練者が講師となった研修などを開催することが望まれる。また、現在ウイルス病が問題となっていない鹿児島県においても主要品種にウイルス様症状が確認されており、完全ウイルスフリー苗の果実品質や生産性などが現在流通している苗よりも優れることがわかれば、本技術普及の可能性は高い。そのためには、完全ウイルスフリー苗の特性解明が必要である。
(3) 今後の追跡評価の必要性、方法・時期等の提言
今回の調査で、研究・普及・生産現場のいずれでも、本ウイルスフリー技術が最も実用的で有効な技術であるとして高く評価されていることが確認できた。従って、2回目の調査は必要ないと考えられる。ただし、本技術は沖縄県・鹿児島県以外の国内のパッションフルーツ産地、海外のパッションフルーツ産地でも注目されているとの情報が得られているので、何らかの形で国内外の普及状況を収集することが望まれる。
(4) その他(類似プロジェクトや類似地区における研究プロジェクト実施における提言等)
国際農研においては、第2期中期計画の熱帯果樹低樹高プロジェクトにおいてパッションフルーツの育種研究を開始し、第3期中期計画の熱帯作物開発プロジェクトおよび第4期中期計画の目的基礎研究「戦略的熱帯果樹研究」パッションフルーツの新品種「サニーシャイン」の育成に取り組み、品種登録するに至っている。同品種の登録前の地域適応性試験の栽培において、原因不明の生育不良など品種本来の特性が発揮できていない事例などの確認と同時期に沖縄県におけるPLV感染のまん延が報告され、上述の生育不良もPLVによる可能性が示唆された。沖縄県の全県におけるPLV調査に供出した国際農研のサンプルからもPLV感染が確認され、新品種の普及に向けた健全種苗の確保・増殖が喫緊の課題となったことから、本簡易茎頂接ぎ木法によるウイルスフリー化技術の開発に至っている。
国際農研 企画連携部 企画管理室 研究企画科
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