主要普及成果追跡評価 : タイ発酵型米麺の液状化は、麺をpH 4程度の酸性に保つことで抑制できる

主要普及成果名

タイ発酵型米麺の液状化は、麺をpH 4程度の酸性に保つことで抑制できる
https://www.jircas.go.jp/ja/publication/research_results/2019_c01

選定年度

令和元年度(2019年度)

成果担当者

丸井淳一朗(国際農研 生物資源・利用領域)

1.研究の背景・ねらい

 発酵型米麺(タイ名:カノムチーン)はタイをはじめラオス、ベトナム、カンボジア、ミャンマーおよび中国南部を含むインドシナ半島一帯に普及している。その伝統的な製法では、発酵由来の乳酸を含む発酵米粉(図1)を原料とし、その生地を熱湯中に細長く押し出して麺状に加工する(図2)。タイの発酵型米麺は一般的に常温で3日程度の保存が可能とされるが、製麺後1~2日以内に急激に液状化する場合があり(写真1)生産・流通上の問題となっている。液状化の原因を究明し、抑制方法を生産者に普及することで、収益性の向上や食料廃棄の削減が期待できる。
図1. コメから発酵米粉までの製造工程

図1. コメから発酵米粉までの製造工程

浸水したコメ原料(インディカ米)は固体発酵、浸漬発酵を経て乳酸菌由来の乳酸を含み、脱水後の発酵米粉はpH 4程度の酸性となる。

図2. 発酵米粉から発酵型米麺までの製造工程

図2. 発酵米粉から発酵型米麺までの製造工程

加熱により部分的に糊化させた発酵米粉に水を加えて混練し、熱水中へ麺状に押し出して約1分間加熱する。形成した麺(発酵型米麺)を水で洗浄し、ザル容器等に入れて市場へ出荷する。

写真1. 液状化した発酵型米麺

写真1. 液状化した発酵型米麺

2.研究の成果の内容・特徴

  1. タイ発酵型米麺の液状化は細菌の澱粉分解酵素(α-アミラーゼ)に起因する。
  2.  発酵由来の乳酸(約0.03%)を含む発酵型米麺はpH3.7の酸性となる。麺の液状化はpHを6.0以上に上げると誘発されるが、pH4.0程度の酸性を保つことで抑制される。
  3. タイ発酵型米麺の液状化抑制には、麺および、その原料である発酵米粉をpH 4程度の酸性に保つことが推奨される。
  4. 発酵型米麺の製麺業者の多くは出荷前の麺の洗浄に工場敷地内の井戸水を使用しており、ミネラル分等の影響による麺のpH上昇が液状化の要因の一つとして考えられる。麺の洗浄に用いる水は、酢酸等の食用可能な有機酸でpH 4程度に調整することが推奨される。
  5. 発酵型米麺の液状化抑制技術に加え、製法や一般的な調理法をタイ語で平易に解説する小冊子は、製麺業者の収益向上、食品ロスの軽減、食育の推進に利用される。

3.追跡評価実施時の状況(令和5年度)

 本追跡評価では、現地事前調査として令和5年9月にラチャブリ県で開催された発酵型米麺液状化抑制技術普及ワークショップに参加し、本技術を新たに導入した製造所の状況や、その他の参加者からの反響を調査した。令和5年12月には外部評価者に石川県立大学 生物資源環境学部 小栁 喬 准教授を招聘して現地調査を実施した。その際、これまでのタイにおける研究・普及活動と発酵型米麺液状化に関する現状を踏まえ、評価項目に対する分析内容、判断基準と調査の手法を表1の通り設定した。

表1 評価項目に対する分析内容と判断基準

項目

内容と判断基準

調査項目・手法

①受益者・ターゲットグループの明確性

【内容】成果に対する生産者の関心、期待および普及を担う現地機関での位置付け

【判断基準】製造業者は本成果を十分に理解し既に導入または導入を希望しているか

 

【調査項目】本成果に対する製造業者の理解・期待の程度

【調査手法】現地の製造業者、カセサート大・食品研など現地機関への聞き取り調査
説明会に参加した製造業者等への聞き取り、アンケート調査

②目標の妥当性

【内容】発酵型米麺の液状化問題の発生状況、生産者への影響

【判断基準】液状化の問題が生産者にとってどの程度深刻であり解決が望まれているか

【調査項目】液状化の程度発生頻度
技術を導入した製麺工場で使用される水のpHの確認

【調査手法】現地の製造業者、カセサート大・食品研など現地機関への聞き取り調査
説明会に参加した製造業者等への聞き取り、アンケート調査
調査対象地で製造される発酵米粉・麺および製造で用いる水のpH測定

③内容の有効性

【内容】本成果による液状化改善の効果

【判断基準】本成果技術を導入した生産者は液状化問題を改善できたか

【調査項目】技術を導入した生産者における液状化問題の改善状況

【調査手法】本成果技術を導入した製造業者等への聞き取り調査

④普及体制や組織の有無・明確性

【内容】現地機関による普及活動の取り組み

【判断基準】現地機関による成果普及の意向・体制が明確で、機能しているか

【調査項目】現地研究機関における普及体制および製造業者との連携の状況 

【調査手法】現地の製造業者、カセサート大・食品研など現地機関への聞き取り調査

⑤普及のための外部要因やリスク

【内容】成果普及の妨げとなる外部要因、リスクの調査

【判断基準】想定される外部要因、リスクを明確にする

【調査項目】普及の妨げとなる外部要因、リスクに関する情報

【調査手法】現地の製造業者、カセサート大・食品研など現地機関への聞き取り調査

⑥波及効果(インパクト)の有無

【内容】本成果の導入により期待される波及効果の調査

【判断基準】期待される波及効果を明確にする

【調査項目】本成果から想定される波及効果

【判断基準】現地の製造業者、カセサート大・食品研への聞き取り調査
国際農研 東南アジア連絡拠点での情報収集

⑦自立発展性の有無

【内容】本成果が自律的・持続的に実施され自立発展する可能性の調査

【判断基準】自立発展のために必要とされる条件と現状を把握する。

【調査項目】自立発展のために必要とされる要件と現状

【調査手法】現地の製造業者、カセサート大・食品研など現地機関への聞き取り調査

4.分析項目ごとの評価結果

 現地調査で得られた情報にもとづき、本主要普及成果を分析項目ごとに評価した結果を以下に示す。

①受益者・ターゲットグループの明確性

 発酵型米麺はタイで広く普及するコメ加工食品であるが、突発的かつ急激に発生する麺の液状化は、製麺業者の収益および信用を低下させる深刻な問題として原因の究明と効果的な抑制方法の開発が強く望まれてきた。技術普及ワークショップの参加者を対象とするアンケート調査からも液状化抑制技術への関心と期待の高さが示されており、本成果は発酵型米麺の製造業者を明確な受益者とする適正な取り組みである。

②目標の妥当性

 発酵型米麺の液状化は多くの発酵型米麺の製造業者や、その製品を市場で扱う小売業者にとっても深刻な問題と認識され原因究明と解決方法の開発が求められてきた。また、発酵型米麺が本来有する保存性を確保するためには麺をpH4程度の酸性に保つことが重要であるのに対し、液状化抑制技術を新たに導入した製造業者が従来から麺の洗浄に使用していた水は弱アルカリ性で、製品のpHを上昇させる要因と懸念された。タイの中でも特に上水道の整備が十分でない農村地域で操業する多くの中小規模の製造業者も同様の状況にあると懸念され、高額の設備投資を必要としない簡便な対策が望まれていた。よって、発酵型米麺が液状化する原因を把握し、その抑制のため製品及びその製造に用いる水のpHを簡易かつ安価な方法で管理・調整する本技術の目標設定は妥当である。

③内容の有効性

 発酵型米麺とその原料となる発酵米粉がpH 4程度の酸性であることの確認に加え、食用の酢酸によりpH 4程度に調整した水で麺を洗浄する方法を実践する製造業者においては、発酵型米麺の液状化はほとんど発生しないレベルにまで改善されている。従って本成果の技術・内容は有効であった。

④普及体制や組織の有無・明確性

 タイで本成果の普及に取り組むカセサート大学食品研究所では、食品加工技術の講習会を実施するなど、研究職員の多くは製造業者への技術指導や情報提供の豊富な経験を有している。また、技術的支援が特に必要な中小規模製造業者を対象とする普及活動にも積極的に取り組むなど、発酵型米麺液状化抑制に関する成果普及の意向・体制は明確で、実際に機能している。

⑤普及のための外部要因やリスク

 タイ国内各地で操業する数多くの中小規模の製造業者を対象に本成果の情報や技術を効率よく周知するには集会形式によるワークショップの開催が望ましいが、早朝から夕方まで続く日々の操業で多忙な製造業者を長時間に及ぶ集会へ募るのは容易でない。また、業者間で製造技術や品質に関する情報を共有することは稀であり、技術に関して保守的な製造業者も多いことも普及を妨げる外部要因として考えられる。本技術が公開された令和元年以降はコロナ禍での行動制限もあり、集会形式での普及活動を妨げる要因となった。今後の普及活動にあたっては、ウェブサイト等も活用した本技術とその普及事例・効果の継続的な情報発信とともに、これまでに連携している新技術の導入に積極的で同業者との情報共有にも寛容な製造業者からの協力に加え、行政機関との情報共有や連携も通じて、活動の範囲を着実に広げることが望まれる。

⑥波及効果(インパクト)の有無

 以前は発酵型米麺の液状化の原因が不明であり、製造現場では液状化した麺だけでなく、使用された発酵米粉や原料のコメも廃棄されることがあった。本成果を通じ適切な発酵管理と液状化抑制技術を導入した業者では、麺製品や発酵米粉、コメの廃棄が不要となり、フードロスの削減に寄与している。また、成果普及ワークショップでは、タイ人研究者が伝統的な製法、液状化の原理や微生物の関与など発酵型米麺の保存性の本質についても分かりやすく解説している。その会場には発酵米麺を市場で販売する小売業者も参加しており、今回の保存性向上の技術は少量の食用酢酸を用いた安全な方法であり、昨今のタイで使い過ぎが懸念されている食品保存料に依存しないことも理解した。これらの情報は市場での販売を通じて消費者にも伝わり、発酵型米麺における消費者の安全・安心の確保にも寄与している。

 本成果では、発酵型米麺の液状化抑制技術に加え、製法や一般的な調理法などもイラスト入りの平易なタイ語で解説した小冊子を国際農研のウェブサイトで公開した。その内容は、令和5年8月にバンコク市内で開催されたタイ科学技術博覧会でも国際農研の展示ブースで紹介された。この博覧会には5日間の開催期間中に小・中学校や高校からの団体など約20万人が来場した。この小冊子は特に若い世代の来場者からの関心を集め、タイの身近な伝統食品や食文化への理解を深める食育素材としても有望と思われた。

 本成果は国際農研が発行した「アジアモンスーン地域の生産力向上と持続性の両立に資する技術カタログ Ver. 2.0」にも掲載され、ASEAN諸国に向けても紹介されている。これまでに、同様の発酵型米麺が普及しているラオス、ベトナムの研究機関等からも液状化抑制技術について関心が寄せられていることから、タイで確立した成果普及の手法を活用した周辺国への展開も期待される。

⑦自立発展性の有無

 国際農研と共同で発酵型米麺の液状化抑制技術を開発したカセサート大学食品研究所は、タイの中小規模の食品加工業者の支援を重要なミッションの一つとする組織であり、現地における成果普及のためのワークショップの運営方法を既に確立するとともに、タイ学術会議からの助成金も獲得し、製造業者と一体となった普及活動を実施した。これまでの技術開発及び普及活動を通じては、地域の行政担当者への情報提供に加え、新技術の導入に寛容で同業者との情報共有にも積極的な製造業者が起点となり製造業者間での情報共有を通じた普及の広がりも見られる。以上より、本成果は現地研究機関が中核となり、製造業者や行政機関とも連携した取り組みによる自律的・持続的な発展が見込まれる。

5.総合評価

(1)普及が拡大または停滞している要因の分析

 伝統的な発酵食品の製造業者が外国からの研究者に対し自身の製品が抱える品質上の問題点を開示することは稀であるが、今回の取り組みでは国際農研がタイの共同研究機関(カセサート大学食品研究所)との連携で培った信頼関係を強みとし、発酵米麺製造業者が抱えていた深刻な液状化の問題を見出した。更にはその原因究明とともに、中小規模製造業者にも導入しやすい安価で簡便な抑制技術を開発した。新技術の導入や同業者との技術共有に寛容な製造業者からの協力も普及促進の重要な要因となった。また、本成果や発酵型米麺の一般的な情報も平易に解説した小冊子の公開や、「アジアモンスーン地域の生産力向上と持続性の両立に資する技術カタログ Ver.2.0」への掲載も情報の幅広い浸透に寄与した。

(2)普及拡大のための改善事項、提言

 今後の普及拡大に向けては、本成果の具体的な技術に加え、その導入による効果の分析も含めた情報をタイ国内に限らず、同様の発酵型米麺が普及しているASEAN諸国の製造業者や関連する研究・行政機関等にも継続的に提供することが有効と思われる。また、既に技術を導入した製造業者からの反応、助言や最新の研究知見を基に、今後の普及活動で提供する情報の更新や技術の改善を継続することも重要である。

(3)今後の追跡評価の必要性、方法・時期等の提言

 本成果を活用した製造業者には、普及活動を実施したカセサート大学食品研究所の担当者等が定期的に現場の状況を確認し、導入した技術が定着するよう必要に応じた助言や指導を行うことが望まれる。

(4)その他(類似プロジェクトや類似地区における研究プロジェクト実施における提言等)

 本成果についてはラオスやベトナムなどタイと同様の発酵型米麺が普及している国の研究機関等からの照会もあり、国際農研が東南アジアで構築しているネットワークにより周辺国の研究・行政機関とも連携したより広域への展開も可能と思われる。各国の製造業者や研究者との連携を通じては、発酵型米麺の液状化の原因菌や、保存性に寄与する乳酸菌の特性・多様性の解明とともに、各地の製造・流通の状況にも即した技術の開発と普及による発酵型米麺の品質・保存性の更なる向上も望まれる。

 また、今回の成果に倣い、東・東南アジアで共通性のある発酵食品や農産物に焦点を当て、それらの品質向上、持続的な利用促進や、製造から流通、消費までのロス削減にも資する食品発酵・利用加工技術や流通技術等の研究開発と成果普及を担う国際的な共同研究の一層の発展も望まれる。これにより、地域全体の食品加工技術・産業の向上が期待される。
 

写真2. ラチャブリ県で開催された発酵型米麺液状化抑制技術を紹介するワークショップ

写真2. ラチャブリ県で開催された発酵型米麺液状化抑制技術を紹介するワークショップ

写真3. バンコク市内の市場での発酵型米麺の販売状況の視察

写真3. バンコク市内の市場での発酵型米麺の販売状況の視察

写真4. ナコンパトム県で操業する、発酵型米麺液状化抑制技術を導入した製造所の視察

写真4. ナコンパトム県で操業する、発酵型米麺液状化抑制技術を導入した製造所の視察

写真5. ラチャブリ県で操業する、発酵型米麺液状化抑制技術を導入した製造所の視察

写真5. ラチャブリ県で操業する、発酵型米麺液状化抑制技術を導入した製造所の視察

写真6. ナコンパトム県の発酵型米麺製造業者への聞き取り調査

写真6. ナコンパトム県の発酵型米麺製造業者への聞き取り調査

写真7. ラチャブリ県の発酵型米麺製造業者への聞き取り調査

写真7. ラチャブリ県の発酵型米麺製造業者への聞き取り調査

写真8. 発酵型米麺液状化抑制技術の普及活動を実施したカセサート大学食品研究所での聞き取り調査

写真8. 発酵型米麺液状化抑制技術の普及活動を実施したカセサート大学食品研究所での聞き取り調査

写真9. 国際農研東南アジア連絡所点での聞き取り調査

写真9. 国際農研東南アジア連絡所点での聞き取り調査

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TEL : 029-838-6331