主要普及成果追跡評価:塩害軽減のための低コスト浅層暗渠排水技術マニュアル

主要普及成果名

塩害軽減のための低コスト浅層暗渠排水技術マニュアル
https://www.jircas.go.jp/ja/publication/research_results/2017_a03

選定年度

平成29年度(2017年度)

成果担当者

大西 純也(国際農研 農村開発領域)

1.研究の背景・ねらい

 乾燥・半乾燥地域に属する中央アジアでは、1950年代からアムダリア・シルダリア川を水源とする大規模な灌漑開発が行われた。その結果、綿花・小麦などの農業生産が飛躍的に向上したが、不適切な水管理に伴う塩類集積が生じており、農業生産への影響が深刻な課題となっている。特に、ウズベキスタン共和国(以下、ウズベキスタン)での被害が大きく、塩類の影響を受けている灌漑農地の面積が最大となっている。ウズベキスタンでは、塩類化対策として「排水路の造成・浚渫」や多量の水で塩分を溶解させ浸透除去する「リーチング」などを実施している。しかし、圃場の排水不良などにより、リーチングによる除塩効果が十分に得られておらず、依然として、塩類化が改善されていない圃場が多く見られる。
 そこで本研究では、圃場内のリーチング浸透水の排水を促進させる「浅層暗渠」を検証する。浅層暗渠の施工には、日本において水田汎用化を目的に営農土木として取り組める技術として開発されたトラクタアタッチメントである「カットドレーン」を用いる。カットドレーンによる浅層暗渠の施工法は、従来の心土破砕や弾丸暗渠よりも深い70 cm程度までの任意の深さに、ブロック状に切断した縦長土塊を持ち上げて隙間を作り、その隙間に10 cm角の土塊を横移動させ、溝の直下横に10 cm角の通水空洞を作るものである(図1)。

図1: カットドレーンによる浅層暗渠造成法
図1: カットドレーンによる浅層暗渠造成法

2.研究の成果の内容・特徴

  1. 技術マニュアルはA4版72ページの冊子で、「塩類集積の要因と主な対策」、「実証試験地域の塩類化の要因」及び「浅層暗渠排水技術」で構成され、農家を含むユーザーが理解しやすい写真やイラストを多く用いている。
  2. 管暗渠とカットドレーンを組み合わせた浅層暗渠排水技術の導入計画、施工方法、施工に適した土壌条件(土性・水分状態)、空洞部の崩落等の問題と対策について解説している。
  3. 浅層暗渠排水技術の適用による高塩分濃度の浸透水の流出、土壌塩分濃度の低下、綿花収量の約20%増加を効果として示している。

3.追跡評価実施時の状況(令和4年度)

 平成29年度主要普及成果「塩害軽減のための低コスト浅層暗渠排水技術マニュアル」に関する追跡評価を、令和4年10月22日~26日に実施した。外部評価者として、鳥取大学農学部 清水克之教授を招聘した。
 追跡評価では、これまでの研究活動とウズベキスタンの現状を踏まえ、評価項目に対する分析内容と判断基準を設定した(表1)。カウンターパート機関であったフェルメル評議会(FC)および現地コンサルタントの協力を得て質問票による情報収集を事前に実施した。事前調査で得られた情報を基に、現地調査で確認すべき内容を協議した後、現地調査を実施した。質問票調査および現地調査による評価手法を表2に示す。

表1 評価項目に対する分析内容と判断基準

項   目

内   容

分析内容と判断基準

①受益者・ターゲットグループの明確性

成果の活用のための受益者やターゲットグループが明確でかつ適正であるか。

塩類化が深刻な州にマニュアルが配布されているか
どのようにマニュアルを配布したか

②目標の妥当性

成果の目標がニーズに対して妥当であるか。

営農活動の一環として、圃場の排水改良を必要としているか

③内容の有効性

成果の技術や内容が活用するに有効なものであるか。

浅層暗渠の施工により
綿花および小麦収量が改善したか

④普及体制や組織の有無・明確性

成果の普及体制や組織があり、活用され、機能しているか。

マニュアルの配布・周知を担当する組織があるか
カットドレーンの施工体制があるか

⑤普及のための外部要因やリスク

普及のための外部要因やリスクの現状と変化の抽出

カットドレーンを購入できるか
浅層暗渠の施工費を賄えるか
圃場内排水路を造成できるか
オペレーターを確保できるか

⑥波及効果(インパクト)の有無

政策、経済、技術、農民社会、生活、文化、環境等への波及効果の有無や内容の抽出

浅層暗渠による効果が地域で共有されているか
カットドレーンの導入が要望されているか。

⑦自立発展性の有無

成果が自立的・継続的に実施され、また発展・改善されるか。

フェルメルに施工されているか
関係機関に施工されているか
事業化が検討されているか

 

表2 質問票および現地調査による評価手法

項   目

質問票調査

現地調査

①実施期間

2022年6月~10月

2022年10月22~26日

②調査者

フェルメル評議会、現地コンサル

鳥取大学 清水克之、
国際農研 大西純也

③調査地域

ウズベキスタン全土からの情報収集
シルダリア州での質問票調査
 

タシケントおよびシルダリア州

④調査項目

塩類化面積、マニュアル配布数
セミナー開催数、カットドレーン施工面積
 

現場踏査(シルダリア州実証圃場)
聞取調査
 

⑤回答者

水資源省(MWR)
フェルメル評議会(FA)
水文土地改良事務所(HGME)
フェルメル
 

JICA、日本大使館
農業省(MA)
国立農業知識・イノベーションセンター(AKIS)
水資源省(MWR)
灌漑水問題研究所(RIIWP)
フェルメル評議会(FC)
水文土地改良事務所(HGME)
フェルメル  

 以下に、分析項目ごとに外部評価者のコメントを含めて調査の結果を示す。

4.追跡評価における外部評価者のコメント(外部評価者 鳥取大学農学部 清水克之教授)

①受益者・ターゲットグループの明確性

 塩類集積が深刻な7州を含む全州のフェルメルに対し、マニュアルの要約版約2,500部(印刷版配布2,100部、アプリによる電子媒体配布400部)がフェルメル評議会(FC)を通じて、フェルメルに配布されていた。また、塩害対策を担う水文土地改良事務所(HGME)もフェルメルを対象にマニュアルを活用したセミナーを開催しており、カットドレーンを実演していた。
 以上から、受益者・ターゲットグループを政府関係者および農家(フェルメル)とした設定は、明確であると考えられる。
 なお、現地での聞取りによれば、マニュアルの普及において重要な役割を果たすと考えられていた水消費者組合(WCA)は、2017年以降衰退しており、現在は、あまり機能していない状況にあるとのことであった。

②目標の妥当性

 本主要成果の目標は、カットドレーンによる浅層暗渠の施工によって圃場の排水性を改良し、それに伴うリーチング効果の向上により、圃場内の塩分を軽減させることである。本技術はトラクターで施工でき、安価で容易であることから持続的な対策として有望である。
 この目標に対し、塩類集積が深刻な7州(カラカルパクスタン、ブハラ、ジザク、カシカダリア、ナボイ、シルダリア、ホラズム)のフェルメル評議会(FC)、水文土地改良事務所(HGME)およびフェルメルは、農家が取り組める持続的な塩類集積対策の重要性を認識しており、安価で容易な排水改良を必要としている。
 以上から、低コストで容易な営農レベルでの除塩対策を示している本マニュアルの目標設定は妥当である。

③内容の有効性

 カットドレーンを施工した圃場において、綿花・小麦の収量が向上しており、また、聞取調査を実施した全てのフェルメルがカットドレーンによる排水改良の効果を認識していた。さらに、聞取調査を実施したフェルメルによれば、カットドレーンによる排水改良によって「灌漑後の待機時間(農業機械が走行できるまで圃場が乾くのを待つ時間)の短縮」、「耕盤破砕による根の伸長促進」といった副次的効果もあるとのことであった。当該フェルメルは、今後、レーザーレベリングやサブソイリングとの組み合せを検討していくとのことであった。このような効果が試験圃場周辺の農家に示されたことにより、カットドレーンの保管農場に、カットドレーンに対する問い合わせがあったとのことである。
 以上から、カットドレーンよる排水改良には、有効性があると判断できる。

④普及体制や組織の有無・明確性

 フェルメル評議会(FC)は、ウズベキスタン全州において、フェルメルを対象としたセミナーを多数開催している。また、研究対象地域であったシルダリア州のFCでは、フェルメルや小規模農家を支援するため、農業サービスを提供する枠組みの構築を目指している。また、2018年には、塩類化対策を担当する水文土地改良事務所(HGME)が、全州から関係者を招聘してセミナーを開催し、その中で、カットドレーンを実演している。
 これらの組織が普及を担うことができると考えられることから、マニュアルの普及体制・組織は明確であると判断できる。

⑤普及のための外部要因やリスク

 マニュアルはフェルメルに対して広く周知されていたが、大規模経営農場(クラスター)には、マニュアルの情報が届いていなかった。このため、マニュアルの情報が広く農業生産者に伝わるような取り組みが必要である。
 資金力のあるクラスターは、カットドレーン(約1万ドル)の購入が可能であると思われるが、標準的なフェルメルや小規模農家による購入は困難であると思われる。このため、ウズベキスタンでの幅広い普及を図るには、製造コストを削減していく必要がある。一案として、カットドレーンのフレーム部分はウズベキスタンで製造し、特殊な鋼材を使用している刃部分のみを日本から輸入するといった方法が考えられる。
 カットドレーンによる浅層暗渠の造成は、安価で容易な工法ではあるが、持続的な対策としての効果を得るためには、適切な施工および維持管理が必要である。このため、カットドレーンによる浅層暗渠の造成を熟知したオペレーターを養成していく必要がある。これらの外部要因および対応可否を表3に取りまとめた。
これらに対応できれば、普及に向けたリスクは軽減できる。

表3 普及のための外部要因と対応

対象

カットドレーン
(約1万ドル)

施工費
約150ドル/ha

圃場内
排水路の造成

オペレーター

クラスター

フェルメル評議会

×

⑥波及効果(インパクト)の有無

 現時点では、目立った波及効果は認められなかった。しかしながら、土壌の塩類化が深刻な地域に、なんらかの方法でカットドレーンを複数台提供し、より広い範囲で効果を示すことができれば、その効果を実感した関係者により、実態に即した、より現実的な「農業サービス提供体制」が構築されるといった波及効果が期待できる。
 現在、フェルメル評議会(FC)は、このような「サービス提供体制」の構築を目指しており、現実的なカットドレーンの提供体制が構築されれば、そのノウハウが蓄積され、その他農業サービスの提供にも応用できるものと考えられる。その結果、フェルメルおよび小規模農家への支援体制がより強化されるといった波及効果も期待できる。

⑦自立発展性の有無

 マニュアルについては、フェルメル評議会(FC)が印刷物に加え、アプリ(テレグラム)を用いて、電子媒体も配布していた。また、水文土地改良事務所(HGME)は、マニュアルを用いたセミナーにて、カットドレーンの実演を行っていた。
 カットドレーンによる浅層暗渠の造成については、フェルメルが自主的に57 haを施工していた。また、フェルメルは、より大きな効果を得るために、レーザーレベリングやサブソイリングとの組合せを検討していた。一方、かつて、実証圃場であった圃場を、現在管理しているベッククラスターは、ハウスの建設予定地15 haを対象に、カットドレーン施工していた。
 さらに、水問題研究所は1 ha、微生物研究所は2.5 haを施工しており、国際農研の活動が完了した後も、カットドレーンによる浅層暗渠の除塩効果について、検証を行っていた。
 以上、国際農研が撤退した後も、現地にて様々な取り組みが行われていたことから、自立発展性が見込まれると判断できる。

⑧その他

 自立発展性を促進する動きとして、2018年に農水省国際部による案件化の動きがあった(採択には至らず)。現在、JICAがカットドレーンの購入・提供について、融資事業への組み込みを検討している。

5.総合評価

(1) 普及が拡大または停滞している要因の分析

 国際農研の研究活動の後、カットドレーンによる浅層暗渠の造成法を紹介したマニュアルは、広く活用されているようである。しかし、現在、現地にはカットドレーンが1台しかないため、幅広い普及には至っていない状況である。今後、幅広い普及を図っているためには、カットドレーンに関する情報を提供するとともに、カットドレーンを現地に導入し、台数を増やしていく仕組みづくりが必要である。そして、導入したカットドレーンを有効活用し、持続的な排水改良技術として確立させるには、適切にカットドレーンを扱えるオペレーターの養成と適切な維持管理が行える体制の構築が必要である。

(2) 普及拡大のための改善事項、提言

 現在、ウズベキスタンでは大規模経営化(クラスター化)が進められている。クラスターは十分な財力があると思われるため、カットドレーンについての情報を提供できれば、彼ら自身の判断で購入に動く可能性がある。したがって、今後は、フェルメルだけではなく、国立農業知識・イノベーションセンター(AKIS)などのプラットフォームを活用して、あらゆる農業生産者へカットドレーンに関する情報を提供していくことが重要である。
 一方、フェルメルや小規模農家では、やはり、依然として彼ら自身による購入が困難であると思われる。このため、フェルメル評議会(FC)等と連携し、「カットドレーンによる排水改良サービス」を提供する枠組みの構築が必要である。この枠組みの構築には、カットドレーンを適切に扱えるオペレーターの養成と維持管理体制の確保が重要になることから、JICA等と連携した普及に向けた支援が必要である。

(3) 今後の追跡調査の必要性、方法・時期等の提言

 さらなるカットドレーンの普及には、AKISなどを通じた幅広い情報提供とフェルメルや小規模農家への支援が必要である。
 数年後に、単発的に追跡評価を実施するのではなく、JICAと連携した継続的な支援、フォローアップが必要であると思われる。

(4) その他(類似プロジェクトや類似地区における研究プロジェクト実施における提言等)

 カットドレーンを始めとしたカットシリーズには、国際農研が取り組んでいるカットドレーンやカットソイラーの他に、カットブレーカーやカットドレーンミニといったものがある。これらの技術はトラクターによる牽引・走行のみで圃場の排水性を改善でき、安価で容易であることから、開発途上地域の農家が取り組める塩類化対策として有望である。
 今後も、これら日本で開発された技術の海外での有効性を検証し、現地への導入を試みていく必要がある。

図1 農業生産者(フェルメル)への聞取調査

図2 農業生産者(フェルメル)の圃場踏査

図3 普及組織(フェルメル評議会本部)との意見交換

図4 行政機関(水文土地改良技術事務所シルダリア支部)との意見交換

図5 普及組織(国立農業知識・イノベーションセンター)との意見交換

図6 行政機関(水資源省)との意見交換

図7 研究機関(灌漑水問題研究所)との意見交換

図8 国際援助機関(JICAウズベキスタン事務所)との意見交換