東北タイにおけるチーク植栽土壌適地図の作成

プログラム名
開発途上地域の農林漁業者の所得・生計向上と農山漁村活性化のための技術の開発
研究課題
東南アジアにおける持続的利用を通じた森林管理・保全技術開発
研究期間
2012年度(2006~2015年度)
研究担当者
野田巌・T. Vacharangkura (タイ王室森林局)・W. Himmapan (タイ王室森林局)・ S. Sukchan(タイ土地開発局)

研究の背景・ねらい

チーク(Tectona grandis)はタイ国の有用郷土樹種である。用途は高品質家具、建材等で、材価は比較的高く安定している。熱帯有用樹の中では成長も早いことから人工林経営に向いており郷土の経済樹種として、減少した森林の回復と地域振興を目的に植林が推進されている。チークは特定の土壌条件を好む特性があり、土壌がどの程度生育に適しているかどうかが将来の収穫量を左右する。農家にとってチークは有望な農林複合経営作目の一つで、チーク植林を決断する意思決定材料が必要とされてきた。ところが、既往の研究ではチーク適性土壌に関するものはあるが、適地を定量的に地図で示したものはこれまで無かった。そのため、不適地に植林して失敗した農家も少なくない。東北タイはチークの生育に不向きと言われてきたが、現地調査を通じて十分な収穫が期待できる地域があることも確認しており、農家の生計向上、農村活性化のためにチークの農林複合経営を振興すべくウドンタニ県、ノンブアランプー県についてチーク植栽土壌適地図を作成することとした。

研究の成果の内容・特徴

  1. タイの土壌群図(土地開発局)をベースに現地調査を重ねて、チークの生育に対する土地の潜在的な適性度を5段階区分 (高-低:1-5) し、数字と色で地図に示している(図1左)。土壌適性度2-5には添え字n, f, g, d(n:養分不良, f:浸水, g:礫岩性, d:排水不良)を付け主な欠点を示している。土壌群情報の無い「農地以外の傾斜地(SC)」「水域(W)」は除いている。
  2. 土壌適性度の5段階区分は、すでに我々が作成した「東北タイ版チーク人工林分収穫予想表」(図1右)で示す地位級(林地の材積生産力の階層区分)に相当するので、両者(図1左右)を用いれば、適地図上のある地点について期待できる将来の収穫量も評価できる。
  3. 出版した地図帳(図1左)は農家やタイ王室森林局(Royal Forest Department, RFD)技術普及担当職員の利用を想定してタイ語表記とし、位置を判読し易いように中縮尺で道路、河川、学校など主な目印を一緒に表示している。土地の状態から適性度を推察する参考になるように土壌サンプル写真も掲載している。出版した地図のソースは、地理情報システムデータベースで構築されているので、適地面積計算等の各種解析処理に使用できる。

図1 (左)チーク植栽土壌適地図帳(ウドンタニ県、ノンブアランプー県版)、(右)東北タイ版チーク人工林分収穫予想表の表紙

平成27年度 追跡調査実施時の状況

平成24年度主要普及成果「東北タイにおけるチーク植栽土壌適地図の作成」に関するフォローアップ調査を6月14日から19日で実施した。外部評価者として、三重大学 大学院生物資源学研究科 松村直人教授を招聘し、当課題の担当者として林業領域 野田領域長が現地に随行した。

 追跡調査は、主要普及成果を選定する際に示された項目の他、成果後の時間経過を加味し、聞き取り先と聞き取りの要点を整理してカウンターパート(CP)とスケジュールを組んでおいた行程に沿って、RFD本庁ならびにRFDのウドンタニ地方森林管理部、農家等を訪問した。個々の聞き取りにおいて、分析項目の狙いが明確に評価されるよう助言も加えて進行した。

 また、調査に際しての補助資料として、いくつかの分析項目について現状を分かり易く解説するための資料を野田領域長とCPで用意し松村教授に提供した。

 なお、JIRCASとRFD林業研究開発部の共同成果である「植栽土壌適地図」の意義を評価し更なる拡張作業をRFDで行っているなか、同部長Suchart Kullayavongsa氏、同部上席研究官 Thiti Visaratana氏も彼らの予定を調整し、地方での現地聞き取り調査に同行・意見交換に参加した。このことは、いかにこの成果が現場で普及されることを期待しているかを示すものと受け取ることができる。

 以下で、分析項目ごとに外部評価者のコメントを含めて調査の結果を示す。

追跡調査における外部評価者のコメント (外部評価者 三重大学 大学院生物資源学研究科 松村直人 教授)

1. 受益者・ターゲットグループの明確性

 ウドンタニ県、ノンブアランプー県でチーク人工林経営に関心のある農家、特に中小規模農家の訪問、聞き取りと、農家によるチーク植林普及等を業務とするタイ王室森林局の本庁と出先である地方森林管理部の技術普及職員の聞き取りを行った(図2)。主要造林樹種であるチークと早生樹ユーカリとも、2009年頃をピークに苗木生産と配布量は減少してきているが、依然としてチーク苗木への要請量は多い。一方、北京五輪を契機にした旺盛な中国需要が背景とされるがタイで多発する違法伐採に対する政策キャンペーンが展開されていることで、最近急激に注目の樹種となっているDalbergia cochinchinensis(シタン)へ農民の期待が大きいようであった。しかし、依然として、チーク植林への期待は大きく、成長予測を可能にする収穫表の提供と、適切な植栽土壌適地図の提供は、農民の植林願望に、適切な判断材料の提供と技術指導を可能にしていると思われた。

図2 RFDウドンタニ地方森林管理部(写真右から3番目が同部長)(当日は管内の技術普及部署チーフが全員参集した)

図2 RFDウドンタニ地方森林管理部(写真右から3番目が同部長)(当日は管内の技術普及部署チーフが全員参集した)

2. 目標の妥当性

 農地化による急激な森林減少を背景に、国土保全と木材生産に係る施策がRFDには求められている。植林時の適地選定は将来の収穫量を左右する重要な点で、チークはとりわけ生育条件要求度が高い。これまでタイには植栽土壌適地図が無く、植林に失敗した農家も多く、予てからこのような指針が求められていた。

  チークの生育適地別に3農家、各数ヶ所の造林地を見学した(図3)。すべての農家とも、成果品の知見を歓迎し、20年前の造林補助事業実行時に、このような適地図があれば良かったとの感想を語っていた。チークに合わず、あまり良くない植林地を抱えている農家の方も、すぐに伐採や植え替えは考えず、見学用に、しばらく不成績植林地を維持したいと言っていた。チークの植栽土壌適地図の作成対象地区に、早生樹ユーカリとの樹種選択を迫られるウドンタニ地方などを選定したのも、良い先行事例になっていると思われた。

 

図3 適地の植林例(左)と不適地の植林例(右)

図3 適地の植林例(左)と不適地の植林例(右)
いずれもノンブアランプー県スワンクーハ郡の林齢20年のチーク (写真左の右端から上席研究官、林業研究開発部長)

3. 内容の有効性

 農地全土をカバーしている農業協同組合省土地開発局(LDD)作成の土壌図(1/50,000)が地理情報システム(GIS)のデータベースとして構築されている。迅速性、効率性の観点から、それをベースに用いて、チーク植栽土壌適地図を作成している。

 農家へのインタビューの際に、実際に植林地の境界を確認しながら、適地図を見てもらったが、概ね現地と照合しているようであった。細かな境界が不明な箇所もあったようであるが適地図として、与えてくれる土壌別の境界線の情報は十分有益である。また、同時に掲載されている土壌写真も、土壌特性の理解と適地図の価値を理解するのに有効であった。

4. 普及体制や組織の有無・明確性

 RFDは人工林普及部という施策、技術等の実施・普及を担当する部署を有し、そのネットワークは地域に広がっており当該成果も各地で開催する現地研修会等で講習に供されている(図4)。本部と地方管理部No.6を訪問した際には、普及職員の数が十分ではないとのことであったが、植林対象地に合った樹種選択と適地図の理解の支援のためには、さらなる研究者の支援や指導員の増加が必要であろう。

図4 RFD林業研究開発部の技術普及促進科での聞き取り(左)、同科展示エリアのチークに関するコーナー前での集合写真(右)(左から知財管理係長、情報広報係長、技術普及促進科長、CPの人工林施業研究室ワラパン主任、松村、造林研究科長、CPの人工林施業研究室長トスポン氏)

図4 RFD林業研究開発部の技術普及促進科での聞き取り(左)、同科展示エリアのチークに関するコーナー前での集合写真(右)(左から知財管理係長、情報広報係長、技術普及促進科長、CPの人工林施業研究室ワラパン主任、松村、造林研究科長、CPの人工林施業研究室長トスポン氏)

5. 普及のための外部要因やリスク

 チーク林業の普及を減速させる負の要因としては、政府による換金作物やゴム栽培の奨励事業の展開がある。農民は短期で収益性の高いと噂される樹種に飛びつく傾向があると思われるが、RFDの職員としては、慎重に、短期と中長期の森林経営と農地の作物経営を考慮した助言を与える必要があろう。チークが望まれる需要は依然として高く、早生樹では、代替できない部分がある。例えば、農民が近年望むDalbergia cochinchinensisでは、その心材形成の遅さが懸念され、若齢時に収穫しても期待する利益が得られない懸念もある。適地の選択と、そのような中長期的な助言は、正しい知識を持つ職員でないと不可能であろうから、今回のような土壌適地図を参考資料に、研修、啓発活動を継続することは重要であろう。

6. 波及効果(インパクトの有無)

 現地の農家訪問において、収入向上や環境保全(木材資源の造成ならびに国土保全、気候変動対策)への配慮についても、熱心であることが確認できた。多樹種の組み合わせと経営期間も短期、中期、長期をうまく組み合わせ、多様な製品、生産物を試行する経営を拝見できた。また、自ら加工場を持って、需要を考えながら経営する姿勢には、中小規模の農家林家の今後の有望な経営姿勢が感じられた。

7. 自立発展性の有無

 RFDが、今回得られた手法を用いて、独自に他の県版の作成事業を展開しつつある(図5)。チャイヤプーン県・コンケン県版は既にRFD独自で作成され、ブリラム県・ウボンラチャタニ県版も今年度内の発行が予定されており、今後の自立発展性も十分期待できる。

図5 「植栽土壌適地図」拡張作業の担当者(左端)との意見交換(左)、拡張作業で出版されたチャイヤプーン県・コンケン県版(右)

図5 「植栽土壌適地図」拡張作業の担当者(左端)との意見交換(左)、拡張作業で出版されたチャイヤプーン県・コンケン県版(右)

JIRCASの業務運営への改善への活用策

RFD独自での開発が困難な適地図作成に係る技術については、引き続きJIRCAS側の協力が求められている。また、本件に関連するRFD研究者の数は現在数人程度で必ずしも十分とは言えず、さらに主要なカウンターパートも、2015年9月末で退職しており、今後RFD単独での適地図作成には人員面での不足が見込まれる。こうした点から、人材育成ならびにより有益な成果の創出の観点から、JIRCAS・RFDの両機関が今後も緊密な関係を保ち、研修等の実施を継続することが望ましい。