降雨による滞水はオイルパームの幹上部での遺伝子発現を変動させる

要約

約2年間にわたって時系列に得たオイルパーム成木の幹及び葉の遺伝子発現動態を解析したところ、短期的な大量の降雨時に、幹においてのみ遺伝子発現動態に大きな変動が生じる。この大きな変動は低酸素応答やエチレン応答に関する遺伝子群であり、これらの遺伝子群は滞水によって生じる典型的なストレス応答である。滞水していない幹上部で発現していることから、オイルパームは滞水に脆弱であることが示唆される。

背景・ねらい

パーム油は世界の植物油生産の約36%を占め、最も多い生産量を誇る。しかし、その生産のほとんどが、東南アジアのインドネシアとマレーシアで行われており、生産体制の地理的偏在性は、顕在化する気候変動下において、脆弱であると考えられる。そこで、オイルパーム(Elaeis guineensis)が影響を受ける気象要因を明らかにするために、時系列に採取したオイルパーム組織の遺伝子発現量を網羅的に取得し(トランスクリプトーム解析)、気象要因との関係を調べることで、環境に対する生理的な応答を明らかにする。環境要因へのオイルパームの生理応答が明らかになると、オイルパームの気候変動をはじめとする環境変化への脆弱性を指摘でき、持続的なオイルパームプランテーション経営に貢献することができる。

成果の内容・特徴

  1. インドネシア共和国ランプン州の調査地にて、オイルパームの葉組織及び幹組織から時系列にトランスクリプトーム解析用のサンプルを収集する(図1、2)。約2年間の9回にわたるサンプリング時点(T1〜T9)で、T3とT7では、日降水量が80mmを超える降雨があり、滞水状態のサンプルを得る。T3とT7のオイルパーム幹組織から得たサンプルの遺伝子発現プロファイルは他の時点の遺伝子発現プロファイルとは大きく異なる(図3)。各時点の葉組織及び幹組織から得た遺伝子発現プロファイルと日平均気温や積算温度との間には明確な関係はない。
  2. オイルパーム幹組織と葉組織の遺伝子発現プロファイルについて、モデル植物であるシロイヌナズナの遺伝子機能との相同性検索をもとに、滞水に関する遺伝子とそれ以外に分け、遺伝子発現パターンが変化した遺伝子の比率を調べる。幹組織では、発現上昇及び発現抑制の両方で滞水に関わる遺伝子が発現変動する比率が、その他の遺伝子群に対して大きくなる。一方で、葉組織ではそのような傾向はない(図4)。
  3. シロイヌナズナやオイルパームの遺伝子機能相同性検索の結果、低酸素応答や酸素量の応答に関する遺伝子群で発現量が大きく異なる。また、エチレン応答に関する遺伝子の発現量の変化も見られ、滞水へのストレス応答が見られる(図5)。
  4. 本報において、オイルパームの成木が温度変化にはレジリエンスを発揮しているのに対し、短期的な相当量の降雨による滞水環境下においては、幹組織で敏感にストレス応答反応が起こっており、滞水への脆弱性が示唆される。

成果の活用面・留意点

  1. 滞水が予測される低地や、気候変動下での極端な降雨が予測される地域(東南アジアではラニーニャ発生時に降雨が増加する)など、不適地への開発の抑止が本報によって期待できる。
  2. 本報はオイルパーム成木の滞水時の幹組織の遺伝子発現パターンの変化を明らかにしたもので、その際の同化速度の変化や組織の破壊、さらには生産量の低下など、滞水によるオイルパーム生産量の変化や持続性については明らかにしていない。今後、さらに研究、観測を行う必要がある。

具体的データ

分類

研究

研究プロジェクト
プログラム名

環境

予算区分

交付金 » 第5期 » 環境プログラム » カーボンリサイクル

受託 » JST/JICA SATREPS

研究期間

2021〜2023年度

研究担当者

尚樹 ( 林業領域 )

科研費研究者番号: 90343798

荒井 隆益 ( 生物資源・利用領域 )

見える化ID: 001768

近藤 俊明 ( 生物資源・利用領域 )

科研費研究者番号: 40391106

小杉 昭彦 ( 生物資源・利用領域 )

科研費研究者番号: 70425544
見える化ID: 001772

Irawati Denny ( ガジャマダ大学 )

Marsoem Sri Nugroho ( ガジャマダ大学 )

Lim Hui ( 筑波大学 )

ほか
発表論文等

Lim et al. (2023) Frontiers in Plant Science 14: 1213496.
https://doi.org/10.3389/fpls.2023.1213496

日本語PDF

2023_A03_ja.pdf777.28 KB

English PDF

2023_A03_en.pdf772.46 KB

※ 研究担当者の所属は、研究実施当時のものです。

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