気候変動影響下におけるバングラデシュの長期的な食料安全保障の条件

要約

コメを主食とするバングラデシュでは、21世紀中の気温上昇が2.5°C程度までならば、現在の単収(収量)成長率で食料供給が保たれるが、それ以上では減少する可能性がある。今後は長期的な視点から、高い収量成長を保つための品種改良や技術開発が重要になる。

背景・ねらい

大規模な飢饉を経験してきたバングラデシュだが、近年は食料増産が進み、主食のコメはほぼ自給状態にある。しかし一方で、少雨や高温など温暖化との関連が指摘される極端現象が報告されるようになり、人口が増加する将来の食料確保に懸念が生じている。そこでコメ需給モデルを用いたシミュレーションに、先行研究から定量化した温暖化影響を反映させ、長期の食料安全保障の条件について検証する。

成果の内容・特徴

  1. 作付面積の変化を検討する。生産性の低い小雨期作(Aus)が減少する一方、Ausと栽培期間が重なり生産性の高い乾期作(Boro)、および雨期作(Aman)が拡大する。しかし人口に比して国土が小さいことから、いずれも2030年頃までには予想される上限に達し、その後の増産には、単位面積当たりの収穫量(単収あるいは収量)を成長させることが重要となる。
  2. 温暖化に伴う環境変化のインパクトを比較する。海面上昇は沿岸部のKhulna地方やBarisal地方の農地を減少させるが、コメ生産に占める同地域のシェアが小さいため、バングラデシュ全体のコメ生産量に及ぼす影響は小さい(図1)。他方、気温上昇による生育期間の短縮や高温障害は主要コメ産地であるRajshahi地方、Dhaka地方、Chittagong地方にも及ぶため、中程度の温暖化シナリオ(今世紀中の気温上昇が2.5°C程度)(表1)であっても、2050年の総生産量が温暖化影響の無いケースに比べて260万トン(精米換算)(約5%)減少する(図1)。したがって国全体の食料安全保障には、海面上昇より高温障害等がより大きなインパクトを持つ。
  3. 生産技術・効率の水準がコメ需給に及ぼす影響を検証する。現在と同程度の単収(収量)成長率が継続する場合、中程度の温暖化シナリオ(表1)までは、国民1人当たりの食料供給が少なくとも現在の水準に保たれるが、最も高温となるシナリオ(今世紀中の気温上昇が3.4°C)(表1)では、減少が予測される(図2)。高温に抗して食料状態の悪化を防ぐには、農業被害の地域特性を考慮しない試験場レベルを基準として、乾期作で年3%、雨期作で年1.5%程の単収(収量)成長率が必要となる(図3)。

成果の活用面・留意点

  1. 温暖化による食料供給の減少を防ぐために、バングラデシュ稲研究所などでは品種改良や技術開発が行われている。本分析の成果は、開発研究の具体的な目標設定に活用できる。
  2. 温暖化影響予測に用いた先行研究では、CERES-Rice(単収)、MIKE21(海面上昇)、MIKE11-GIS(洪水被害)のモデルが使われている。本分析では稲作への災害被害を平均値として扱っていることから、予測は将来の平均的な状況を対象としており、短期の変動を予測するには確率的な分析が必要となる。また、大気中の二酸化炭素濃度上昇による施肥効果については、バングラデシュでの定量的な分析が少ないため、考慮していない。

具体的データ

  1. 表1 分析に用いた温暖化シナリオ

     
    表1 分析に用いた温暖化シナリオ
    分析はIPCCに準ずる上のシナリオの下で、本研究のために開発したバングラデシュのコメ需給モデルを用いて行った。モデルの単収(収量)は外生変数とし、その成長が1人当たり消費に与える影響を、先行研究から定量化した温暖化影響を反映させつつ、予測・分析した。
  2.  

    図1 温暖化影響の有無によるコメ生産量の比較(精米換算万トン)
    図1 温暖化影響の有無によるコメ生産量の比較(精米換算万トン)
    中程度の温暖化シナリオ(表1)の下で、海面上昇および高温障害等の有無による4つのケースの予測を行った。海面上昇の有無による生産量の差は小さいが、高温障害等の有無では顕著な差が生じる。
  3.  

    図2 現状の単収(収量)成長率での1人当たりコメ消費量(kg/年)推移
    図2 現状の単収(収量)成長率での1人当たりコメ消費量(kg/年)推移
    乾期作で年2%、雨期作で年1%の成長が継続する場合、高温シナリオ(表1)では、1人当たり消費量が大きく減少する。なおベースとしての単収成長に対し、温暖化シナリオごとの実単収は、影響反応関数(図3説明文)で予測した。
  4.  

    図3 高い単収(収量)成長率での1人当たりコメ消費量(kg/年)推移
    図3 高い単収(収量)成長率での1人当たりコメ消費量(kg/年)推移
    乾期作で年3%、雨期作で年1.5%の成長が継続する場合、高温シナリオ(表1)でも、1人当たり消費量の低下を防ぐことができる。図2と同様に実単収は影響反応関数で予測した。影響反応関数は、作物モデルの離散的単収予測値に、関数をフィッティングさせて一般化している。
Affiliation

国際開発領域

分類

研究B

予算区分
交付金[気候変動]
研究課題

気候変動が農業生産と農産物市場に及ぼす影響の評価

研究期間

2009~2010年度

研究担当者

小林 慎太郎 ( 国際開発領域 )

古家 ( 国際開発領域 )

山本 由紀代 ( 国際開発領域 )

ISLAM Rafiqul ( バングラデシュ稲研究所 )

SIDDIQUE Abu Bakr ( バングラデシュ稲研究所 )

ほか
発表論文等

小林慎太郎・古家淳(2010)環境情報科学論文集24:387-392.

日本語PDF

2010_seikajouhou_A4_ja_Part27.pdf51.22 KB

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