リン利用効率の高いイネを推定するための代謝物マーカー

要約

代謝物の網羅的解析により、活性酸素除去に関わる代謝物やアミノ酸等がイネのリン利用効率と密接に関わることが示された。これらはリン利用効率の高いイネを推定するための代謝物マーカーとして利用できる。

背景・ねらい

植物の三大栄養素のひとつであるリンは作物の収量と密接に関わり、世界の農地で幅広く施用されているが、その資源量は将来的に枯渇が懸念されており、使用量の増加に歯止めをかける必要がある。そのため、少ないリンをより有効に利用できるリン利用効率の高い作物の開発が求められているが、その複雑な形質に影響を与える中心的な因子の特定は進められておらず、作物の遺伝的改良もほとんど進められていない。本研究では、これまでに幅広いイネ品種の中から同定された、低リン条件におけるリン利用効率の高いイネ品種に特徴的な代謝物のプロファイルおよびその変動パターンを解明することで、効率的にリンを利用する植物を選抜するための新たな指標となる代謝物を特定する。

成果の内容・特徴

  1. 低リン条件(≤ 1 mg P/個体)において、高リン利用効率品種(MudgoとYodanya)には低リン利用効率品種(TaichungとIR64)と比較して特徴的な代謝物プロファイルが見られる(図1)。リン脂質や糖リン酸等の、既知のリンに関わる代謝物含量の変動パターンはリン利用効率の高低と関連がない。
  2. 高リン利用効率品種は低リン利用効率品種に比べて、活性酸素除去に関わる代謝物(安息香酸等)や複数のアミノ酸(スレオニン等)といった、これまでにリンとの関連が未知であった代謝物を多く含む(図2)。
  3. グルクロン酸、安息香酸、スレオニン等の代謝物マーカー14個の含量データから、質的な確率を予測できる多変量解析の一種であるロジスティック回帰分析を用いて、リン利用効率が未知の7品種におけるリン利用効率の高低を推定できる。

成果の活用面・留意点

  1. リン利用効率が代謝物により予測され得ることから、現在広く利用されているDNAマーカーに加えて、複雑な要因が関わる形質の選抜指標として代謝物が有用であり、複雑な形質の改良を目指したイネの開発が迅速化される可能性がある。
  2. 同定された高リン利用効率品種に特徴的な代謝物はこれまでにリンとの関係が知られておらず、リン利用効率を支える分子メカニズムの基礎的理解にもつながる。
  3. 本研究は温室および人工気象器内の水耕栽培環境で実施されたものである。今回同定されたリン利用効率の基礎的知見および代謝物マーカーの、実際の圃場における育種への有効性をさらに検証する必要がある。

具体的データ

  1. 図1 リン利用効率の対照的な品種における代謝物プロファイル
    図1 リン利用効率の対照的な品種における代謝物プロファイル

    リン欠乏条件における葉の代謝物含量をもとにした主成分分析の結果を示す。 

     

  2. 図2 マーカー代謝物の例とそれらが関わる代謝経路
    図2 マーカー代謝物の例とそれらが関わる代謝経路

    リン利用効率の判別のマーカーとなる代謝物が含まれる代謝経路と代謝経路の例、および各代謝物の相対含量を示す。丸印は各代謝物、矢印は代謝経路上の反応を、桃色はリン利用効率のマーカー代謝物を示す。エラーバーは標準偏差を示す。
    **, *は1%、5%水準で有意(t 検定) 

Affiliation

国際農研 生産環境・畜産領域

分類

研究

研究プロジェクト
プログラム名

農産物安定生産

予算区分

交付金 » 不良環境耐性作物開発

研究期間

2020年度(2015~2020年度)

研究担当者

Wissuwa Matthias ( 生産環境・畜産領域 )

科研費研究者番号: 90442722

植田 佳明 ( 生産環境・畜産領域 )

近藤 勝彦 ( 生産環境・畜産領域 )

渡邉 むつみ ( 奈良先端科学技術大学院大学 )

隆之 ( 奈良先端科学技術大学院大学 )

石川 ( 農研機構 農業環境変動研究センター )

Walther Dirk ( マックス・プランク分子植物生理学研究所 )

Burgos Asdrubal ( マックス・プランク分子植物生理学研究所 )

Brotman Yariv ( マックス・プランク分子植物生理学研究所 )

Fernie R Alisdair ( マックス・プランク分子植物生理学研究所 )

Hoefgen Rainer ( マックス・プランク分子植物生理学研究所 )

ほか
発表論文等

Watanabe M et al. (2020) Plant, Cell and Environment, 43(9):2066-2079
https://doi.org/10.1111/pce.13777

日本語PDF

2020_B07_A4_ja.pdf467.52 KB

2020_B07_A3_ja.pdf467.14 KB

English PDF

2020_B07_A4_en.pdf506.85 KB

2020_B07_A3_en.pdf506.27 KB

ポスターPDF

2020_B07_poster.pdf310.12 KB

※ 研究担当者の所属は、研究実施当時のものです。

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