葉表面の気孔の閉じ具合を調整しオゾン耐性を強化する転写因子

要約

植物の葉緑体の発達を制御する転写因子(GLK1, GLK2)の機能を植物内で抑制すると、大気汚染物質であるオゾンに対する耐性が著しく向上する。GLK1, GLK2転写因子は気孔の開閉に関わる遺伝子の発現に関与し、その機能抑制植物では気孔が閉じ気味になる。

背景・ねらい

地表近くのオゾンは大気汚染物質の一つであり、光化学スモッグの主な成分である。オゾンは、植物の中に取り込まれると、その強い酸化力により植物の組織を傷め、光合成能を低下させるため、農作物の品質や収量に甚大な被害を与える。その被害額は、米国のダイズとトウモロコシだけでも年間90億ドルに達しており、食料生産における深刻な問題である。先進国にとどまらず、開発途上国でも急速な経済発展に伴って大気汚染物質が増加し、オゾン濃度が上昇しており、農作物に及ぼす影響が懸念されている。そこで、農作物などのオゾン耐性を向上させる技術を確立し、不良環境に適応可能な作物を開発することを目指して、オゾンによる葉の障害に関わる転写因子遺伝子の探索を行い、同定した遺伝子がオゾン耐性に関与するメカニズムを明らかにする。

成果の内容・特徴

  1. シロイヌナズナの転写因子約1,500個について、転写因子の機能を植物内で抑制する転写抑制技術(CRES-T法, Hiratsu K et al. 2003)を適用したシロイヌナズナ形質転換リソース約30,000個体を高濃度のオゾンに暴露し、オゾンに強い植物の選抜およびその原因遺伝子を同定する。
  2. 葉緑体の発達を制御する転写因子(GLK1, GLK2転写因子)の機能を植物体全体で抑制した植物は、高濃度のオゾンに対する耐性が向上する(図1)。この植物は、葉面温度が高く(蒸散量が少ない)、気孔の開度が小さいことから、植物内へのオゾン取込み量が減少し、オゾン耐性が向上したと考えられる(図2)。
  3. GLK1, GLK2転写因子は、気孔が開く際に必要な因子の一つであるカリウムチャネル遺伝子の発現を制御する活性を持つ。
  4. 気孔の開閉を制御する孔辺細胞で特異的に機能する遺伝子のプロモーターを用いてGLK1転写因子の機能を抑制することにより、葉肉細胞の葉緑体には影響せず、植物にオゾン耐性を付与することが出来る。

成果の活用面・留意点

  1. 本研究により同定したGLK1, GLK2転写因子を用いて適切に気孔の閉じ具合を調節することができれば、大気汚染耐性だけでなく干ばつ耐性などの環境ストレスに強い作物の開発に貢献することが期待できる。
  2. 気孔は大気汚染物質の取込みや、体内の水分損失に関与する一方で、光合成の活性や成長においても重要である。大気汚染物質や干ばつ等のストレスを受けた時の孔辺細胞に限定してGLK1, GLK2転写因子の機能を制御するなど、適切に気孔の閉じ具合を調節する技術の開発も必要である。

具体的データ

  1. 図1. GLK1,GLK2転写因子の機能を抑制した植物のオゾン耐性

    図1. GLK1,GLK2転写因子の機能を抑制した植物のオゾン耐性
     A, 0.3 ppmのオゾンに7時間処理後一日目の植物の様子。
     B, オゾン処理後植物(第2葉)の障害の程度の評価。グラフは3反復の平均値(1反復3植物
      を使用)、エラーバーはSD値を示す。
     図はNagatoshi Y et al. (2016)を改変 (Copyright: National Academy of Sciences, USA)。

  2. 図2. オゾン耐性を持つGLK1, GLK2抑制植物の気孔開度

    図2. オゾン耐性を持つGLK1, GLK2抑制植物の気孔開度
     A, 培地で2週間生育した植物(左)のサーモグラフィー画像(右)。
     B, 培地で2週間生育した植物の気孔開度。グラフは3試験の平均値(1試験約50個の気孔を
      観察)、エラーバーはSD値を示す。
     図はNagatoshi Y et al. (2016)を改変 (Copyright: National Academy of Sciences, USA)。

Affiliation

国際農研 生物資源・利用領域

分類

研究

研究プロジェクト
プログラム名

農産物安定生産

予算区分

交付金 » 不良環境耐性作物開発

研究期間

2016年度(2015~2016年度)

研究担当者

永利 友佳理 ( 生物資源・利用領域 )

見える化ID: 001763

光田 展隆 ( 産業技術総合研究所 )

久保 明弘 ( 国立環境研究所 )

佐治 ( 国立環境研究所 )

科研費研究者番号: 00178683

真妃 ( 名古屋大学 )

井上 晋一郎 ( 名古屋大学 )

科研費研究者番号: 40532693

木下 俊則 ( 名古屋大学 )

科研費研究者番号: 50271101

大熊 英治 ( 岡山大学 )

村田 芳行 ( 岡山大学 )

科研費研究者番号: 70263621

瀬尾 光範 ( 理化学研究所 )

科研費研究者番号: 00512435

高木 ( 埼玉大学 )

科研費研究者番号: 40357348

ほか
発表論文等

Nagatoshi Y et al. (2016) Proc Natl Acad Sci USA, 113:4218-4223

https://doi.org/10.1073/pnas.1513093113

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