タイ北部の伝統大豆発酵食品トゥア・ナオから分離される納豆菌の遺伝資源としての有用性

国名
タイ
要約

タイ北部の大豆発酵食品トゥア・ナオThua Nao)から分離される納豆菌(Bacillus subtilis (natto))は、日本の納豆製造用菌株と比べて遺伝的多様性に富み、アミラーゼ活性、ズブチリシンNAT活性、粘物質生産能などが顕著に高い菌株が見出される。

背景・ねらい

タイ北部の伝統大豆発酵食品トゥア・ナオ(Thua Nao)は、製法が納豆に類似するが、伝統的な家内工業生産が維持されているため、工場生産のために特定菌株による寡占化が進んだ日本の納豆に比べて、発酵に関与する納豆菌(Bacillus subtilis (natto))の遺伝的多様性が保たれ、優れた特色のある菌株の存在も期待される。本研究では、トゥア・ナオから納豆菌を分離し、RAPD法によるDNA多型の比較により、分離菌株の遺伝的多様性について確かめる。また、大豆発酵食品の栄養強化に関与し得る特性としてプロテアーゼ活性およびアミラーゼ活性を、保健機能の強化に関与し得る特性としてズブチリシンNAT(いわゆるナットウキナーゼ)活性および粘物質の生産能を評価する。

成果の内容・特徴

  1. タイ北部のチェンライ県およびパヤオ県の8市場で収集した9点のトゥア・ナオから45株の納豆菌を分離し、日本の納豆製造に多く利用される宮城野菌を対照菌株として、以下の特性の評価結果を得た。
  2. 分離納豆菌株から抽出したDNAのRAPDパターンには、分離菌株の遺伝的多様性を裏付ける多数のパターンが見出される(45株は19種類のパターンに分類された、図1)。
  3. カゼイン分解法によってプロテアーゼ活性を比較したが、対照菌株との差はほとんど見られない。
  4. ブルーバリュー法によってアミラーゼ活性を比較すると、対照菌株の5倍以上の活性を示す菌株が存在する(45株中10株、図2)。
  5. フィブリン平板法によってズブチリシンNAT活性を比較すると、対照菌株の2~3倍程度の活性を示す菌株が存在する(45株中5株、図3)。
  6. GSP培地およびNA培地上での粘物質生産の有無によって粘物質生産能を比較すると、対照菌株より強い粘物質生産能を示す菌株が存在する(45株中7株、図4)。

成果の活用面・留意点

  1. トゥア・ナオから分離される納豆菌は、単に遺伝的な多様性に富むだけでなく、タイでの長年の食経験により、食品への応用について安全性が確保されている点において、非常に有用な遺伝資源である。
  2. トゥア・ナオから分離される納豆菌には、アミラーゼ活性、ズブチリシンNAT活性、粘物質生産能において、日本の納豆製造に利用される宮城野菌と比べて優れた菌株が存在し、食品等への利用が可能である。
  3. トゥア・ナオから分離される納豆菌は、遺伝的な多様性に富むので、その他の形質においても優れた菌株の存在が期待される。
  4. タイ国内でも食品の工場生産化が進む現状において、こうした伝統発酵食品等に潜む貴重な遺伝資源の保全が確実に行われているとは必ずしも言えない。本成果のような具体的事例を示しながら、発展途上国が自国の貴重な食品微生物遺伝資源に注目し、機を逸せずしてその保全を進められるよう、提言して行く必要がある。

具体的データ

  1.  

    図1 トゥア・ナオ分離菌株DNAの多様なRAPDパターン
    図1 トゥア・ナオ分離菌株DNAの多様なRAPDパターン(対照株も、パターンAに分類される)
  2.  

    図2 アミラーゼ活性(赤色が対照株)
    図2 アミラーゼ活性(赤色が対照株)
  3.  

    図3 ズブチリシンNAT活性 (赤色が対照株)
    図3 ズブチリシンNAT活性 (赤色が対照株)
    (注:図2、図3の酵素活性値は、3反復測定の平均)
  4.  

    図4 粘物質生産能
    図4 粘物質生産能(対照株は、+(中)に属する)
Affiliation

国際農研 利用加工領域

分類

研究

予算区分
個別課題
研究課題

タイ伝統大豆発酵食品Thua naoからの納豆菌(Bacillus subtilis (natto))の分離、特性調査、保存

研究期間

2006年度(単年度)

研究担当者

伏見 ( 利用加工領域 )

LADDA Wattanasiritham ( カセサート大学食品研究所 )

稲津 康弘 ( 食品総合研究所 )

中村 宣貴 ( 食品総合研究所 )

川本 伸一 ( 食品総合研究所 )

ほか
発表論文等

Inatsu, Y. Nakamura, N. Yoshida, Y. Fushimi, T. Wattanasiritham, L. Kawamoto, S. (2006):Characterization of Bacillus subtilis strains in Thua nao, a traditional fermented soybean food in northern Thailand. the Letters in Applied Microbiology, 43, 237-242

伏見力・中村宣貴・稲津康弘・Kamal S. WeeRacody・Ladda Wattanasiritham・川本伸一(2005):タイ国のトゥア・ナウより分離した納豆菌の諸性質について.日本食品科学工学会第52回大会講演集,121

稲津康弘・中村宣貴・Kamal S. WeeRacody・伏見力・Ladda Wattanasiritham・川本伸一(2005):タイ国の無塩大豆発酵食品より分離した納豆菌の諸性質.日本調理科学会平成17年度大会研究発表要旨集,132

日本語PDF

2007_seikajouhou_A4_ja_Part17.pdf426.3 KB

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