マングローブ汽水域における稚幼魚の生産機能の解明

要約

マングローブ開発度合の違いに応じた汽水域での魚類生産の差異をインドアイノコイワシ類を例に比較検討した結果、政府の適正な管理下にあり、マングローブの被覆面積の大きいマタンが、マングローブの乱開発が進み消失の激しいメルボックより4~5倍生産性が高いことが示された。

背景・ねらい

   近年開発途上域の熱帯・亜熱帯のマングローブ汽水域では、その社会・経済的発展の必要性から汽水域の開発・利用が急速に進んでいるが、汽水域の無秩序な開発は森林・水産資源に壊滅的影響を与えると懸念される。マングローブ汽水域は水産資源上価値の高い魚種を含む数種の稚幼魚の育成の場として重要と考えられる。平成7年より半島マレイシアのマングローブ汽水域を研究サイトとする5ヶ年の共同研究プロジェクト「熱帯・亜熱帯汽水域における生物生産機能の解明と持続的利用のための基準化」が遂行されている。本研究では、適正な管理下にあるマタン・マングローブ汽水域と、開発・荒廃が進展中のメルボック・マングローブ汽水域とで、インドアイノコイワシ属の稚幼魚の生産にどのような違いがあるかを検討した。

成果の内容・特徴

  1. 政府の適正な管理下にあるマタン・マングローブ周辺沿岸域では、オッタートロール漁業、プッシュネット漁業、トランメルネット漁業、バッグネット漁業がエビを漁獲対象に営まれており、魚類はエビの副産物(By‐Catch)として低価値に取り扱われている。
  2. マタン・マングローブ汽水域内でバッグネットを用いた試験操業でのCPUEはハマギギ属(Arius spp.)が卓越しており、次いでコニベ属(Johnius spp.)、インドアイノコイワシ属(Stolephorus spp.)の稚仔魚の順に多く出現した(図1)。
  3. マタンよりマングローブの開発度合が進展しているメルボック・マングローブ汽水域内では、バッグネット漁業が唯一営まれている。同汽水域でのバッグネットを用いた試験操業でのCPUEは、種類数は多く卓越種は少ない傾向がみられたが、個体数・重量ともインドアイノコイワシ属の稚幼魚が比較的多く出現した(図2)。
  4. 安定同位体比(δ13C、δ15N)手法を用いてマタン汽水域生態系の食物連鎖関係を追跡したところ、マングローブ葉→エビ・カニ類→魚類→いか類への右上がりの正の傾斜がみられ(図3)、マングローブ葉を起源とするエナージーの伝達経路が推察された。
  5. マタン・マングローブ林の被覆面積は数十年来変わらず4万haを保っているが、メルボックでは10年で11%減の8千haまで減少し、更に今なおマングローブ林の伐採・開発が進展中である。
  6. 両マングローブ汽水域に共通して出現したインドアイノコイワシ属の分布密度・現存量をビームトロールの試験操業下で比較してみると、マタン・マングローブ汽水域はメルボック・マングローブ汽水域に比べ、密度で約1.5倍、現存量で約4.3倍高かった。また、耳石の日齢査定より日間成長率を求め、これに現存量を乗じて推定した生産速度でもマタンはメルボックより約4.5倍高かった(表1)。

成果の活用面・留意点

  1. マングローブ汽水域生態系の食物連鎖構造の中で、インドアイノコイワシ属はマングローブ葉起源のデトリタスを餌としているアミ類を捕食している。またマングローブの開発度合いの差が一つの要因と思われるインドアイノコイワシ属の現存量の差は、マングローブが水棲生物の生産性に大きく関与していることの裏付けと推察される。
  2. この成果は熱帯汽水域の生物生産機能の解明の一部に活用できるが、マングローブ汽水域生態系を持続的に利用していくにはどの程度の開発なら許容できるかの基準を策定するためには、更に多くの魚介類の比較研究が必要とされる。
  3. マレーシアのマングローブ汽水周辺域ではエビ(クルマエビ類)が漁獲の第一ターゲットとなっており、当汽水域プロジェクトでもマングローブとエビとの相関関係を論じた研究報告が蓄積されつつある。

具体的データ

  1. 図1 マタン・マングローブ汽水域(サンガ川)におけるバッグネット試験操業の魚類CPUE
  2. 図2 メルボック川・マングローブ汽水域におけるバッグネット試験操業の魚類CPUE
  3. 図3 マタン・マングローブ汽水域生態系におけるδ13C、δ15N分布図
  4. 表1 マタンとメルボックの汽水域に出現するインドアイノコイワシ属稚幼魚の分布密度・現存量・生産量の比較
Affiliation

国際農研 水産部

マレーシア水産研究所

東北区水産研究所

中央水産研究所

予算区分
国際農業プロ(汽水域)
研究課題

熱帯・亜熱帯汽水域における生物生産機能の解明と持続的利用のための基準化

研究期間

平成7~11年度

研究担当者

早瀬 茂雄 ( 水産部 )

HUSIN Ahmad ( マレーシア水産研究所 )

山下 ( 東北区水産研究所 )

田中 勝久 ( 中央水産研究所 )

SASEKUMAR A. ( マラヤ大学 )

Chong Ving-Ching ( マラヤ大学 )

ほか
発表論文等

Hayase, S. and Mhd. Fadzil bin Haji Haron. (1997) Fish distribution and abundance in Matang/Merbok mangrove brackish waters on the west coast of Peninsular Malaysia. I. Preliminary results in 1995‐1996, Proceeding of the 2nd Seminar on “Productivity and Sustainable Utilization of Brackish Water Mangrove Ecosystems" (ed. by Hayase):42‐82. II. Results in 1996‐1997(In press).

日本語PDF

1997_03_A3_ja.pdf1.68 MB

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