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991. マダカスカルの棚田で、貧困に効く“処方箋”を書く

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991. マダカスカルの棚田で、貧困に効く“処方箋”を書く

 

聴診器ではなく“ 開発経済学 ” で診察する

開発経済学者の仕事は、時に医師の仕事に例えられます。なぜなら貧困削減のための“処方箋”を書くような仕事だからです。確かに、農家の話を聞き(=問診)、調査(=検査)をして、どうすれば農家の生活がより豊かになるか提案する(=処方箋を書く)という流れは、医師の仕事と似ているかもしれませんね。ただし、農家の方から私たちのところに相談に来る(=受診する)ことはありません。そのため、私たちの仕事は現地の農家からお話を聞く(=往診する)ところから始まります。なぜわざわざ現地に行って話を聞くのか、その深いワケをお話ししたいと思います。


肥料を使えない? 使わない?

サブサハラアフリカの国の一つに、マダガスカル共和国があります。日本と同じ島国で、テレビで取り上げられることもあり、“自然豊かで珍しい動植物が生息する楽園”というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。私は、マダガスカルの稲作農家が、どんな理由で「肥料を使おう!」と判断するのかを研究してきました。アフリカの多くの国は稲作の歴史が浅いのですが、実はマダガスカルにはアジアのような稲作の伝統があり、きれいな棚田に稲がまっすぐ植えられている光景が見られます。

そんな美しい田園風景が広がる一方で、長年解決されていない問題があります。それは、水田であまり化学肥料が使われていないこと。この状況は、他のアフリカ諸国も同じです。稲作は農家の収入の大部分を占めるので、肥料を使って生産量を増やせば暮らしが豊かになるはずですよね。それなのになぜ、多くの農家が肥料を使わないのでしょうか?
この研究を始めたころの私は、村に肥料を売っている店がないか、店の数が少なすぎて農家に知られていない、肥料にお金を使うことなど考えられないほど貧しいのではないかと考えました。ところが……。


現地で調査したから気づいたこと

正しい処方箋を書くには、問診と検査が欠かせません。そこでいざ現地調査へ。すると、意外な事実がいくつも見えてきました。まず驚いたのは、多くの農家は肥料を買える店も大体の値段も知っていたことです。さらに、畑地や他の作物には肥料を使っているのに、水田には使っていない人が少なからずいることが分かりました。その理由を探るため集めたデータを細かく分析してみると、一つの答えが浮かび上がってきました。それは、水稲の収穫量を上げるために必要な量の肥料を買うには、肥料価格が高すぎるのです。

つまり、肥料が手に入らないわけでも、全く買えないほど農家が貧しいわけでもありませんでした。「現在の価格では肥料を水田には使わない」「使う場合は水田よりも使用効果が高そうな他の畑地や作物を優先する」という堅実な判断をしていたのです。その判断は、経済学的に見て納得できるものでした。

最近の肥料価格は国際的な要因ではね上がり、政府による補助金などの政策がない限り、急激に価格が下がることは考えにくいでしょう。農家は堅実な判断をしていると分かれば、「農家が買える量の肥料で、今よりも使用効果が高くなるような技術を普及する」ことで、現状を変えることができる可能性があります。それに向けて、土壌学や作物学の専門家と協働して、水田の土壌特性に合わせた効率的な肥料の使い方を開発したり、その費用対効果を分析したりするなど、学際的な活動にも取り組んでいます。


「貧しい」というフィルターを外して話を聞く

今思えば、私は当初、肥料の利用が低いことと農家が貧しいことに関係があると思い込んでいたようです。この肥料の例に限らず、開発途上国の農家の生活について調べていると、「こうしたら良いはずなのになぜ?」と思うことがたくさんあります。そんなとき、「彼らは貧しいからできないのだろう」と考えるのは簡単です。しかし、マダガスカルでの研究活動から、現地の方々の行動を理解するためには“貧しい農家”というフィルターを一旦外して、「自分でもそう行動するだろうな」と納得できるような理由を探すことが大切なのだと気づかされました。現地調査はとても地道な作業ですが、これからも真摯な姿勢で取り組み、貧困の解消に貢献したいと思います。


本文は、広報JIRCAS掲載記事を再掲しています。


(文責:社会科学領域 尾崎 諒介)

 

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