イネOsNAC5遺伝子を利用した環境ストレス耐性イネの開発
イネの環境ストレス誘導性NAC型転写因子であるOsNAC5の遺伝子をイネで過剰発現させると、生育を阻害することなく、乾燥や塩ストレスに対する耐性を向上させることができる。
背景・ねらい
近年、地球環境の悪化に伴い、世界各地で干ばつ等の異常気象が多発し、作物の収量に大きな悪影響を与えている。特にアフリカを始め開発途上地域では干ばつが多発し、農業に大きな打撃を与えている。植物は干ばつなどの劣悪な環境条件にさらされると、多くの環境ストレス耐性遺伝子群を働かせることにより劣悪環境に適応する。これらの環境ストレス耐性遺伝子群の働きを調節している転写因子を過剰に発現させることにより、環境ストレス耐性を向上させることができる。しかし、環境ストレス耐性に関わる転写因子の遺伝子を過剰発現すると生育阻害が起きる場合が多い。この研究は、イネの環境ストレス誘導性NAC型転写因子の遺伝子を利用して、生育を阻害することなく、乾燥や塩ストレスなどの環境ストレスに対する耐性が向上したイネを開発することを目指したものである。
成果の内容・特徴
- イネのNAC型転写因子であるOsNAC5の遺伝子は、OsNAC6の遺伝子と同様に、乾燥、塩ストレスによって誘導される。環境ストレス応答において重要な役割をもつ植物ホルモンであるアブシシン酸やジャスモン酸によっても誘導される。
- OsNAC5タンパク質は細胞の核に局在する。N末端側にはDNA結合領域が存在し、NAC結合配列に結合する。C末端領域には、転写活性化領域が存在し、転写活性化因子として機能する。
- トウモロコシの恒常的にはたらくプロモーター(遺伝子発現を調節する領域)であるユビキチンプロモーターを用いてOsNAC5過剰発現イネとOsNAC6過剰発現イネ(ともに日本晴)を作製し、T2およびT3世代の形質転換イネの生育を比較すると、OsNAC6過剰発現イネは有意に生育の遅延が見られるが、OsNAC5過剰発現イネには生育の遅延が見られず、形質転換用ベクターのみを導入した対照イネと同様の生育を示す(図1A)。
- T2、T3世代のOsNAC5過剰発現イネを用いて塩ストレス耐性試験、あるいは乾燥耐性試験を行うと、OsNAC5過剰発現イネは対照イネと比較して有意に高い生存率を示す(図1B, )。
- OsNAC5過剰発現イネでは、細胞を脱水から保護する機能があるLEAタンパク質をコードするOsLEA3遺伝子を含む数種の乾燥誘導性遺伝子の発現が増加する。OsLEA3遺伝子のプロモーターにはOsNAC5やOsNAC6が結合できる。OsNAC5過剰発現イネではOsLEA3など環境ストレス耐性に機能するタンパク質の働きを介して、環境ストレス耐性が向上すると考えられる。
成果の活用面・留意点
- イネのOsNAC5は、生育を阻害することなく乾燥や塩ストレスなどの環境ストレスに対する耐性を向上させることができるため、環境ストレス耐性作物を開発するために有効である。
- 今後は、OsNAC5過剰発現植物が、圃場レベルでの干ばつや塩害といった不良環境に耐えるか検証することが必要である。
具体的データ
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(A)OsNAC5過剰発現イネとOsNAC6過剰発現イネの草丈の比較。OsNAC5過剰発現イネOsNAC5-OXの系統aと系統b、OsNAC6過剰発現イネOsNAC6-OXの系統a、系統b、形質転換用ベクターのみを導入した対照イネ(VC)を催芽処理後2週間栽培した。下のグラフは背丈を示す。なお、対照イネは原品種の日本晴と同様の生育を示す。
(B)OsNAC5過剰発現イネの塩ストレス耐性。催芽処理後ポットで2週間生育させた後、ポットを250 mM NaCl 溶液に浸して3日間生育させた。その後通常条件で30日間生育させた。下のグラフは生存率を示す。
(C)OsNAC5過剰発現イネの乾燥ストレス耐性。2週間ポットで生育させた後、ポットの水を切って4日間乾燥させた。その後給水し、14日間生育させた。下のグラフは生存率を示す。
- Affiliation
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国際農研 生物資源領域
- 分類
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研究B
- 予算区分
- 交付金〔ストレス耐性機構〕 受託〔農水省〕等
- 研究課題
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植物の環境ストレス耐性機構の解明と耐性作物の開発
- 研究期間
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2006~2010年度
- 研究担当者
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髙﨑 寛則 ( 生物資源領域 )
圓山 恭之進 ( 生物資源領域 )
藤田 泰成 ( 生物資源領域 )
篠崎 和子 ( 生物資源領域 )
中島 一雄 ( 生物資源領域 )
- ほか
- 発表論文等
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Takasaki et al. (2010) Mol Genet Genomics 284:173-183.
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