アジアモンスーン地域における科学・技術・イノベーションの適用を通じた持続可能な食料システムの変革の推進 ~「グリーンアジア」プロジェクトの背景と主要な課題~

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アジアモンスーン地域には、東アジア、東南アジア、南アジアの経済域が含まれる。本レポートで採用したアジアモンスーン地域の定義に基づくと、2018年時点で推定33億4000万人、すなわち世界人口の44%が世界の総陸地面積の9%に相当する面積に居住しており、この地域はまた、世界のGDPの28%を占めている。アジアモンスーン地域の人口は2050年までに少なくとも4億2000万人増えると予測されており、食料安全保障を確保し貧困を撲滅するために食料生産を拡大する必要がある。一方、この食料生産拡大の必要性は、農業部門における二酸化炭素以外の温室効果ガス(GHG)の排出(同地域の世界シェア40%)削減との間で深刻なトレードオフを伴う。持続可能な農業の実践に向けたパラダイムシフトを不可避とする考えが世界的潮流となりつつあるなか、この地域における食料システムの変革を後押しするうえで、環境負荷の緩和と食料生産性の向上を同時に実現可能な科学・技術・イノベーション(STI)を早急に特定・考案する必要がある。

アジアモンスーン地域の農業部門は、高温多湿、水田稲作、小規模農家、という特徴を有し、極めて集約的な農業体系に適した環境を形成している。この地域の農業体系の集約性は、ヨーロッパやアメリカ大陸など、世界の他の地域とは一線を画している。気候緊急事態(climate emergency)や環境危機に直面するなか、生産性を犠牲にすることなく環境持続性に資する効果的なSTIを特定・考案するためには、アジアモンスーン地域の農業部門のこうした際立った特徴を考慮する必要がある。

アジアモンスーン地域の農業部門はますます異常気象にさらされるようになってきており、作物の生産性や品質への悪影響が懸念されている。同時に、この地域の農業部門で発生する二酸化炭素以外のGHG排出量は世界の総排出量の40%を占めており、主な排出源には、水田(CH4)と肥料の非効率的使用(N2O)が含まれる。したがって、生産性を犠牲にすることなく環境負荷を削減するために、この地域ではSTIの導入を早急に加速させる必要がある。アジアモンスーン地域内には、地域固有の状況にきめ細かく合わせる必要はありつつも、広域に普及可能な基盤(scalable)農業技術の実践を通じて食料システムの変革を迅速に実施するための条件となりうる共通の特徴が多く存在する。アジアモンスーン地域は、これらの共通する特徴を利用し、知識を共有することで、「規模の経済」を実現すべきである。

世界人口・経済に占めるアジアモンスーン地域の重要性を鑑みると、同地域における食料システムの変革が成功すれば、気候変動の緩和や持続可能な農業生産への相乗効果の可能性が実証され、世界に大きな影響がもたらされるだろう。STIを実証し、これを普及に繋げるための経験や教訓を共に学習することを可能にする環境が整備されることで、この地域は食料システムの迅速な変革を実現する重要な機会を手にすることになる。

2021年5月に食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」を策定した日本の農林水産省は2022年4月、「みどりの食料システム基盤農業技術のアジアモンスーン地域応用促進事業」を開始した。農林水産省は国際農林水産業研究センター(国際農研(JIRCAS))を同事業の実施機関に指定し、国際農研は「グリーンアジア」のプロジェクト名にて、活動を行っている。このプロジェクトは同地域における基盤農業技術の導入の加速化を目的とする。プロジェクトでは、その目的を達成する仕組みとして、この地域にとって有用で適用可能な研究結果および成果に関する日本やその他の国・エコノミーの情報について収集・分析・提供を実施する。プロジェクトの結果および成果は、政府関係者、研究者、普及員、生産者、民間部門を含む、さまざまな関係者の参考となり、アジアモンスーン地域、そしてその他の地域における持続可能な食料システムへの変革に貢献することが期待される。

刊行年月日
作成者 飯山みゆき 金森紀仁 小林慎太郎 舟木康郎
公開者 国際農林水産業研究センター
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JaLCDOI https://doi.org/10.34556/0002000087
DOI 10.34556/0002000087

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