熱帯農業研究センター
熱帯農業研究の位置付けと熱帯農業技術研究業務室の設置
熱帯農業研究センターは、昭和45年(1970年)6月10日に東京都北区西ヶ原の農業総合研究所の書庫の一部を借用して発足した。
その発足に向けた具体的な検討は昭和40年から始まった。
当時、熱帯、亜熱帯に位置する開発途上国では、農業は基幹産業であり国民所得の源泉や国家経済発展の基礎として重要な地位を占めていた。また、これらの諸国では急激な人口増加により食料の不足が深刻化しており、この面からも農業開発が重要な課題とされていた。そのため、各国において農業発展のための努力が行われていたが、体制はまだ不十分で農業技術は低い水準に留まっていた。
我が国から開発途上国に対する農業技術面の協力は昭和29年から実施されてきた。しかし、温帯で発達した農業技術を熱帯には必ずしも適用できない場合もあり、協力の成果が十分には上がらないこともあった。このため、熱帯等における開発途上国に対する農業技術協力を効果的に推進するための技術開発、研究成果の蓄積、人材養成、技術情報の組織的収集および提供を行う機関を設ける必要性が認識されるようになってきていた。
このような情勢を反映して、昭和32年(1957年)に発足した日本熱帯農業学会(当時は熱帯農業研究会)の昭和36年の会誌に、「熱帯農業研究所(図書室、展示室を含む)設立の必要について」が掲載された。その後、昭和37年に海外技術協力事業団が設立され技術協力が増加したことに伴い、研究機関設立を望む声が官民双方から上がるようになってきた。一方、我が国の農業技術を発達させる上からも、優良遺伝子や天敵の導入、飛来昆虫や海外家畜伝染病の防除技術確立等の研究において、実施の場を海外に求めることは大きな意義があることが認められていた。
農林省農林水産技術会議では、昭和40年度から開発途上国の農業振興に必要な技術の開発と、我が国の農業研究の領域拡大と研究水準向上に資することを目的とした新しい研究機関設置の検討を始めた。この検討の基本的方針には、「研究所の主な業務は、研究の他、シンポジウムの開催、海外から受け入れた技術者の研修、技術者の海外派遣についての国内業務、技術輸出」「アジア諸国の農業技術及び試験研究の現状を調査する能力、機能を強くもたす」などが含まれる。
当面は農林省農林水産技術会議事務局に海外農業技術研究業務室(仮称)をおいて、熱帯等海外地域の農業技術の研究を推進するとともに、研究所設置の企画を行うこととし、昭和41年4月1日、熱帯農業技術研究業務室が発足することになった。この熱帯農業技術研究業務室は、①諸外国における熱帯農業の研究体制、当面する技術的諸問題の調査、熱帯等の諸国の試験研究機関への研究者(在外研究員)の派遣 ②熱帯農業技術研究の推進に必要な資料の収集および刊行を行うことになった。
熱帯農業研究センターの設置
これまでの検討を踏まえ、農林省の付属機関としてセンターを設立することが昭和43年8月6日の第142回技術会議で決定された。
付属機関としての熱帯農業研究センターは、次のような機能と性格をもつものとされた。
a) 熱帯農業研究の組織化
b) 熱帯農業研究の研究的機能
c) 熱帯農業技術に関する情報蓄積センター機能
d) 熱帯農業に関する研究者及び技術者の研修センター機能
昭和45年度予算では熱帯農業研究センターの規模を大きくすることが認められ、農林省設置法一部改正案は第63回通常国会では参議院においても5月8日に可決され、6月10日に熱帯農業研究センターが設置されることになった。
発足当時の熱帯農業研究センターは、庶務課、会計課、企画調査室、研究部及び沖縄支所で構成され、定員は行政職10人、研究職43人で、支所は石垣市の琉球農業試験場八重山支場構内に設置された。
熱帯農業研究センターの主な目的は、次のようであった。
a)開発途上国(その大部分が熱帯または亜熱帯に位置する)の食糧増産等の農業振興に必要な技術を開発する。
b)我が国の試験研究領域の拡大と研究水準の向上に資する(国内農業技術の開発のために必要な研究を熱帯現地で行う)
また、熱帯農業研究センターは主たる研究の場を海外におき、研究者を在外研究員として長期間派遣して研究に従事させるという業務の進め方をする。このため、経常研究費だけでは研究推進が困難なため経常的な運営費のほか、農林水産技術振興費として「熱帯農業研究推進に要する経費」を計上した。
沖縄支所は、熱帯農業研究推進の一環として設置されたが、沖縄農業振興の立場からも亜熱帯農業研究所等の設置について、数多くの提案や陳情があった。このため沖縄支所は、亜熱帯地域における農業の技術に関する研究及び熱帯、亜熱帯、温帯の作物の導入馴化に関する研究を行うという主たる目的と、同時に沖縄農業の振興にも寄与するよう配慮することとなっていた。
また、当時は沖縄が本土に復帰する前であったため、他に例のない手続きが必要となった。
まず支所の設置場所、事業内容、職員の身分、試験研究成果の帰属等を明示した口上書を昭和45年6月に日米政府間で取り交わした。さらに農林省設置法に支所に勤務する職員に対する在勤手当て支給に関する条項を定めるとともに、これに基づいた政令を設けた。なお、これらの条項及び政令は昭和47年の沖縄の本土復帰に伴い削除または廃止された。
筑波移転と現在地への移動
設立5年目の昭和49年度には熱帯農業研究センターの定員は研究職59、行政職24、指定職1の84となった。長期在外研究員は41人となり、稲作、畑作、土壤肥料、病害虫、飼料作、園芸、畜産、家畜衛生、農業土木、農業気象、農業経営、林業等の部門について研究を実施していた。また、昭和48年度からは個別派造方式では対処困難な研究間題については、専門の異なる研究員が連携分担して共同的に研究を進めるようにした。さらに、研究企画、研究推進に資するための海外調査、国際シンボジウム開催、研究管理者ならびに共同研究者の招へい、資料の収集·整理、英文3種、和文の定期及び不定期刊行物の刊行、海外技術協力事業団を通じて受け入れた集団研修の開設等の活動を行ってきた。
この時期は筑波研究学園都市の建設期と重なっていた。
熱帯農業研究センターは、農林省の移転第1号機関として昭和46年に正式に移転機関に決定された。昭和47年度予算で研究本館の建設が認められ、12月22日に起工式が行われた。48年10月には試験園場が一部完成し、49年8月に研究本館と、隔離温室、12月には円形温室等が相次いで完成した。新庁舎への移転は昭和50年3月から開始され、昭和52年の熱帯農業研究センターの創立記念日にあたる6月10日農林省設置法の一部改正により熱帯農業研究センターは茨城県におかれることになった。
農林研究団地は昭和54年度に概成し、その後、昭和56年12月の農事試験場の廃止と農業研究センターの設立が行われた。また、昭和58年12月には農業技術研究所、植物ウィルス研究所の廃止と生物資源研究所、農業環境技術研究所の設立が行われ、この再編に伴って蛋糸試験場の縮小と農業研究センター、熱帯農業研究センター等の定員増が行われた。
このため、筑波農林研究団地における研究施設の利用針画を変更する必要が生じ、新研究機関設立準備推進委員会において検討を行い、昭和58年3月に研究本館等の基本的配置を決定した。この決定にあたっての基本的考え方として、熱帯農業研究センターは、今後とも研究分野の拡大、充実、海外からの共同研究員等の受入れの増大や研究技術情報活動の活発化等が見込まれるので、これらに適切に対処し得るよう研究施設の確保、整備を図ることとするということが示された。この考え方に基づき、熱帯農業研究センターは、管理部門を蚕糸試験場研究本館におき、研究施設は蚕糸試験場の一部施設を利用するというように、基本的配置が決められた。
国際農林水産業研究センターへの改組
熱帯農業研究センター創立後20年あまりの期問に、農林業を取り巻く世界情勢にも大きな変化がみられた。国際化が進展する中で世界各国の相互依存関係は一段と深まり、世界の繁栄のためには各国の均衡ある持続的発展が重要となってきた。しかし、多くの開発途上国では依然として農林水産業は国家の基幹産業であり、食料自給の手段として、さらに国民所得の源泉として最も重要な経済的基盤であることにはいささかの変化もなかった。これらの国々では、引き続く人口増加等により農林水産物の需要が増大するにもかかわらず、農林水産業の生産力水準は依然として低位不安定で推移していた。様々な経済的困難を抱え自力でそれらの諸間題を克服することは難しく、この傾向は引き続き継続することが予想された。また、干ばつ·過放牧による耕地・草地の砂漠化の進行、焼畑農耕等に起因する熱帯林の減少が急速に進行し、その結果、生物の多様性の減少や遺伝資源の消失が広範に及ぶ等、熱帯・亜熱帯を越えた地球的規模の環境問題が表面化しつつあった。
それまで、熱帯農業研究センターは、熱帯・亜熱帯地域の研究協力相手国の農林業生産の向上に関し研究を進めてきたが、これら地球的規模の環境問題への対応等、増大し多様化する研究協力要請にも早急に応えていくことが求められてきた。また、旧ソ連邦や東欧で増加する開発途上国に加えて、モンゴルや南米高緯度地域等の熱帯・亜熱帯以外の開発地域からも、我が国への研究協力の要請が増大してきた。熱帯農業研究センターは、従来農林業を研究協力分野としており、水産業を対象としてはいなかった。しかし、多くの開発途上地域では水産資源は重要な蛋白資源となっており、食料自給のため、さらに沿岸漁民の生活の糧を保証するために、特に生態系と調和した水産業をめざした研究協力の要請が一段と増大してきていた。
以上の背景を踏まえ、研究対象地域を「熱帯又は亜熱帯に属する地域及びその他開発途上にある海外の地域」に拡大するとともに、新たに水産業研究を包摂し、これらの地域における食料・資源・環境問題等に総合的に対応することを目的とし、平成5年10月1日をもって、熱帯農業研究センターは国際農林水産業研究センター(Japan International Research Center for Agricultural Sciences :JIRCAS)に改組されることになった。
JIRCAS は、開発途上地域の立地環境と調和した農林水産業の持続的発展に寄与するための国際研究協力により、我が国の国際社会における責務を果すことを目的として活動を始めた。
出典及び参考文献
出典
このページの記載は、以下を要約したものです。
- 国際農林水産業研究センター, "第1章 TARC-JIRCASの設立の背景とその概要". 国際共同研究30年 : TARC-JIRCASの歩み. p.3-20. https://www.jircas.go.jp/ja/publication/30th
参考文献
- 熱帯農業研究会長. "熱帯農業研究所 (図書室, 展示室を含む) 設立の必要について". 熱帯農業, 4(3), p.107-110, 1961. https://doi.org/10.11248/jsta1957.4.107
- 国立公文書館デジタルアーカイブ
- 農林省設置法の一部を改正する法律案 (昭和44年8月5日) https://www.digital.archives.go.jp/item/2648387
- 農林省設置法の一部を改正する法律 (昭和45年6月1日) https://www.digital.archives.go.jp/item/2648385
- 熱帯農業研究センター沖縄支所に置かれる職員に支給する在勤手当の支給額を定める政令について. (昭和45年5月27日 45農会第1312号) https://www.digital.archives.go.jp/item/3598749
- 熱帯農業研究センター沖縄支所に置かれる職員に支給する在勤手当の支給額を定める政令・御署名原本・昭和四十五年・第九巻・政令第一七四号 https://www.digital.archives.go.jp/file/675339
- 沖縄県公文書館所蔵資料
- 農林省熱帯農業研究センター沖縄支所設置に伴う米国民政府との関係資料 不発弾処理協力依頼 用地使用割当 米国民政府管理有地賃貸借解約
- 農林省熱帯農業研究センター沖縄支所設置関係 1971年
- 農林省熱帯農業研究センター沖縄支所設置関係 1971年
- 農林省熱帯農業研究センター沖縄支所設置関係 1971年 支払調書
- 農林省熱帯農業研究センター沖縄支所設置関係 1971年 農地使用に係る損失補償額決定
- 農林省熱帯農業研究センター沖縄支所設置関係 1971年 農地使用に係る損失補償評価調整委員会
- 農林省熱帯農業研究センター沖縄支所設置関係 1971年 農地使用に伴う損失補償要領
- 農林省熱帯農業研究センター沖縄支所設置関係 農地使用に係る損失補償評価調整委員会出面表
- 琉球政府関係写真資料 191
- 掲載画像は以下で公開されています。
- JIRCASフォトアーカイブ(flickr) https://www.flickr.com/photos/jircas/albums/72157668380539579
- 熱帯農業研究管理室、熱帯農業研究センターの活動については、以下の刊行物もご覧ください。










