プロジェクトの概要

1. 目的

南米アンデス地方原産のスーパー作物キヌアは、きわめて高い栄養価と優れた栄養バランスをもっているだけでなく、干ばつや塩害などのさまざまな不良環境に対しても高い適応能力があることから、世界の食料・栄養問題解決の切り札になり得る作物として期待されています。しかしながら、現在、頻発する極端気象や農地拡大による土壌浸食などにより、キヌア生産は危機に瀕しています。そこで、本研究プロジェクトでは、キヌアの遺伝資源の整備やレジリエンス強化育種素材の開発に加えて、休閑地管理や耕畜連携等を改善することにより、土壌の劣化を防ぎながら、気候変動に強いキヌアの栽培技術を開発し、普及させることを目標としています。さらに、将来的には、本プロジェクトの研究成果を通して、世界の食料・栄養問題や持続可能な農業生態系の保全といった地球規模課題に貢献することを目指しています。

2. 持続可能な開発目標(SDGs)への貢献

研究プロジェクトでは、キヌアのレジリエンス強化育種素材を開発し、生産性が高く気候変動に強いキヌアの栽培体系を構築することにより、SDGs2(飢餓をゼロに)に貢献します。キヌアの原産地であるボリビアの在来キヌア系統やキヌアの近縁種を含め多数の遺伝資源の収集を行い、それら遺伝資源の遺伝子型情報と、開花特性、耐霜性、べと病抵抗性などの重要形質の表現型情報を整備することにより、レジリエンス強化育種素材の開発を加速化します。また、生物肥料や病害虫対策用の生物農薬として活用できる在来の生物資源を探索し、高品質なキヌアの生産に活用することも目標としています。

さらに、SDGs15(陸の豊かさも守ろう)にも貢献します。主な研究対象としている南部アルティプラノ(ボリビアの高地高原で標高4000m程度)では、キヌアが唯一栽培できる作物です。そのため、輪作体系は組めず、かわりにキヌアの栽培は、3年から5年に一度行われており、多くの休閑地があります。そして現在、この休閑地の劣化や砂漠化などが問題となっています。研究プロジェクトでは、休閑地の土壌浸食を防ぐのに役立つ在来の植物種を特定し、その在来植物種を活用した植生管理体系を開発することにより、キヌア栽培地において問題となっている土壌の劣化を防ぎ農業生態系の保全を目指します。

3. 研究実施体制

本研究プロジェクトは、日本とボリビアの国際共同研究プロジェクトです。日本側研究機関として、代表機関の国際農林水産業研究センター(JIRCAS)に加えて、京都大学、東京農工大学および帯広畜産大学が、参画します。一方、ボリビア側研究機関として、代表機関のサンアンドレス大学(UMSA)に加えて、アンデス原産作物の研究と普及に携わっているPROINPAが参画します。各機関の研究者がそれぞれの専門性を活かして課題1〜4の研究を共同で推進し、高栄養価作物キヌアのレジリエンス強化生産技術の開発と普及についての研究を行います。

4. 研究内容

課題1:遺伝資源の整備とゲノム育種基盤の構築

本課題では、過去に行った予備調査をもとに、PROINPAが収集・保存している遺伝資源(キヌア栽培品種およびその近縁野生種など120系統)に加えて、プロジェクト期間中にボリビア国内の遺伝的多様性をカバーする300系統を目標として遺伝資源を収集し保存します。さらに、キヌアの種子寿命に関する情報をもとにして種子更新マニュアルを作成し、持続可能な遺伝資源保管システムを構築します。次に遺伝資源の利用を支援し、レジリエンス強化品種の開発を促進するために、表現型および遺伝子型に関する解析を実施します。表現型に関しては、主茎長、分枝数、茎直径、千粒重、種子色、花色、茎色、開花までの日数、(穂直下本葉の黄化を目安とする)枯上がりまでの日数および種子休眠性などの基本的な作物特性を調査します。また、圃場に霜やべと病などによる被害が見られる場合には、これらに対する抵抗性についても調査します。さらに、ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study: GWAS)やマーカー利用選抜(Marker Assisted Selection:MAS)を活用して効率的にキヌア育種を進めるために、次世代シークエンサーにより塩基配列を決定します。これらの結果をもとにして、遺伝子型と表現型を実装したキヌア遺伝資源統合データベースを構築します。さらに、栽培キヌアおよびその近縁野生種の遺伝資源に加えて、大粒品種を軸としたNested Association Mapping(NAM)集団を育成し、迅速な遺伝子同定と品種開発の基盤を構築します。

課題2:早生およびレジリエンス強化に関わる育種素材の開発

ボリビアの現地環境に適応したレジリエンス強化キヌア品種を育成します。過去3回の現地調査では、生育初期に頻発する干ばつや霜害を避け、晩播が可能な早生品種が求められていました。また、耐乾性や耐塩性、耐冷性、べと病抵抗性もPROINPAが育種目標に設定する重要形質です。有用系統の単離に向けたこれらの形質の評価系の構築と、マッピング集団を用いた制御遺伝子領域の特定により、レジリエンス強化品種の効率的な育成を加速化します。本課題ではさらに、これらの育種材料を活用し、最終的に2系統以上のレジリエンス強化品種候補の育成を目指します。

課題3:持続的高生産を実現する栽培体系の開発

慣行のキヌア栽培体系を改善し、試験圃場の対照区との比較においてキヌアの生産性を20%増加させる持続的栽培体系を構築します。現地の重要な家畜であるリャマの糞の効率的な利用によるキヌアの生産性の向上、および、キヌア残渣の加工利用によるリャマの生産性向上など、キヌアとリャマの耕畜連携技術の開発を行います。 また、現在、種子の収集を開始している在来野生植物種の生物資源を活用することにより、キヌア栽培の休閑地における土壌侵食を対照区との比較において30%低減する土壌保全技術を開発します。プロジェクト期間中に、キヌア休閑地の土壌侵食の防止に役立つ在来の野生植物種を3種特定し、ベと病やキバガなどの病害虫対策に活用できる在来の生物資源を2種特定します。さらに、持続的キヌア生産の基盤となる生物肥料として活用できる在来の生物資源から1系統を単離します。また、キヌアの生育・収量予測モデルの基本骨格を開発し、作付時期や堆肥の投入などに関する農家の意思決定を支援するシステムの開発を行います。開発するモデルは分光反射特性を用いるもので、ボリビア以外の環境にも適応可能です。

課題4:普及ネットワークの構築

本課題では、ボリビア国内ではすでに農村部にまで十分に普及しているSNSに注目し、SNSによる双方向の情報伝達システムの構築を計画しています。ボリビア側カウンターパート機関と調整し、技術普及の拠点となるモデルサイトを2箇所程度選定し、農家、自治体などとの連携関係を構築します。現状の普及システムの課題を調査した上で、SNSを通じた質的・量的に最適な情報提供の在り方を検討し、普及システムの方向性を明らかにします。3年目以降は、課題1~3で確立された普及技術を順次普及ネットワークにより技術移転を図ります。

さらに、開発技術を統合した技術マニュアルを作成し、PROINPAによる普及活動、関連の国内外機関やメディアを通した技術の広報と展示を推進して、研究成果が地域に浸透するための基盤を整備します。また、初年度からプロジェクトのホームページを立ち上げて情報発信を行うとともに、得られた研究成果は、論文の公表や国際シンポジウムの開催を通して、国際的に広く発信します。本プロジェクトを通して、ボリビアにおける機器・人材面での関連分野の研究能力向上を図り、自立発展的なゲノム分子育種や持続的栽培体系などに関する研究開発基盤と両国間の長期的な共同研究体制を構築します。