プロジェクトの概要

背景

 本プロジェクトは、アフリカ在来のリン資源をどのように有効活用し生産性向上を図るかという課題に対して、ブルキナファソ国産リン鉱石をモデルとして有効な回答を示そうとするものです。ブルキナファソはアフリカ・サハラ砂漠南縁に位置する国土面積、274,200 km2、人口、1,750 万人の小国です。同国では、農業に従事する人口が就労人口の8割を占め、「成長の加速化」のけん引役となるべき農業振興を重視していますが、これまで農業生産性は低迷した状態が続いています。ソルガム、トウジンビエ等の主要食用作物の収量は、肥料をほとんど施用しないために、現在でも1 ton/ha未満ですが、それは輸入に依存している化学肥料の価格が極めて高いことが大きな原因の一つでした。

 ブルキナファソには在来リン鉱石資源があり、政府はその賦存量を1億トンとしています。同国政府は1978年よりコジャリ鉱山からリン鉱石を採掘・粉砕し、35年間販売を続けてきましたが普及に至っていません。その理由としては、未加工のリン鉱石粉が即効性でないこと、また粉末状であるためにハンドリングが困難であること、等があげられています。しかしながら、同国のリン鉱石資源開発と利用にかける期待は大きく、リン鉱石を原料に国産リン肥料を製造する工場を建設する、という検討も開始されています。リン肥料は、その他のチッ素やカリ肥料と比較して高価ですが、そのリン成分を国産に置き換えるだけでも価格の低下が期待されます。そこで、施肥効果の高い国産リン肥料、及びそれを原料とする複合肥料を製造し、輸入化学肥料よりも安価に農家に提供できれば、同国の安定した食料増産に結びつきます。

 一方で、リン鉱石加工肥料に比較し、未加工のリン鉱石は格段に安価で農家に提供することが可能で、本プロジェクトの相手国研究機関であるブルキナファソ国立環境農業研究所(INERA)は、リン鉱石直接利用の事例調査を実施してきました。そして、直接施用したリン鉱石の肥効については、作物種の違いや栽培環境の影響が大きいことがわかっています。そこで、リン鉱石加工肥料の利用とリン鉱石の直接利用とを、それぞれの取得費用や圃場の土壌・気象等の環境条件、栽培作物に応じて最適に使い分けることができれば、在来リン鉱石資源のさらなる有効利用が図れるはずです。

 以上のことから、本プロジェクトでは、ブルキナファソ在来リン資源の有効活用による国産肥料の製造と普及を通して、現状の低投入型農業の悪循環を断ち切り、より生産性の高い持続的集約型農業へ転換することを目指します。

プロジェクト目標

 本プロジェクトの目標は「農業・水整備省及び関連機関との協議のもと、ブルキナファソ産リン鉱石を活用した実現可能性の高い施肥栽培促進モデル(肥料製造法、施肥法、直接施用法)が構築される」ことです。

研究課題・活動

 本プロジェクトは、次の4課題から構成されます。

課題1:在来リン鉱石を利用した地域適合型複合肥料の開発(国産肥料開発)

課題2:主要作物への施肥効果の評価と施肥技術の改善と普及(天水施肥栽培)

課題3:リン鉱石の直接利用技術の開発(リン鉱石直接利用)

課題4:持続的作物生産に向けたリン鉱石の総合的利用法の提案(リン鉱石総合利用)

 各課題の下、以下に示す研究が実施されます。

課題1-1 在来リン鉱石を活用した可溶性リン酸肥料製造技術の開発 (リン鉱石可溶化)

 降雨条件が不安定なブルキナファソでは、硫酸根を含む水溶性肥料(速効性)は、肥焼けや土壌酸性化のリスクがありますが、焼成リン肥(焼リン)は、主としてクエン酸可溶性(緩効性)の生理的アルカリ性肥料であり、それらのリスクを軽減できる可能性があります。そこで、古くからの加工技術である硫酸による可溶化(過リン酸石灰)を比較対照として、焼成リン肥製造の可能性について、クエン酸可溶性及び水溶性リン酸含量、ならびに製造コストを指標とする最適加工条件を導出します。また通常、焼成には重油を使用しますが、同国における重油価格や将来的な環境負荷を鑑み、同国最大の未利用資源である太陽光エネルギーを利用した太陽光発電の導入を検討し、クリーンで持続的な肥料工場の提案と実証を行います。

参加メンバー: 中村 智史、今井 敏夫、SAWADOGO Jacques

課題1-2 可溶化リン酸肥料を用いた地域適合型複合肥料の開発 (複合肥料化)

 国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、これまでに焼成処理に炭酸カリウム添加が有効であることを明らかにしてきました。焼成物には肥料の主要三成分のうち、リンとカリが含まれます。そこで、焼成リン肥に既に含まれるリン、カリ、カルシウム、ケイ素等の成分に加えチッ素、硫黄等を添加し、現地土壌条件を考慮した最適な配合比をもつ地域適合型複合肥料(チッ素、リン酸、カリを主成分とするNPK複合肥料)を開発・提案します。

参加メンバー: 中村 智史、今井 敏夫、SAWADOGO Jacques、SERME Idriss

課題1-3 アフリカ在来リン鉱石インベントリの作成 (アフリカ在来リン鉱石インベントリ)

 ブルキナファソ以外にも、アフリカ各国には多様な低品位リン鉱石が未利用なまま分布しています。これらのアフリカ在来リン鉱石の化学組成や可溶性、その他の特性をインベントリ情報として構築し、アフリカ在来低品位リン鉱石の適正な加工方法を提案します。また、低品位リン鉱石の利用にあたっては、カドミウムやヒ素などの重金属含量が高い事例が散見されますが、これまでに経済的に実行可能な重金属除去技術は提案されていません。ここでは、焼成によるリン鉱石可溶化の過程で重金属類を同時に除去できる可能性が高いため、低品位リン鉱石の利用にあたってカドミウム等の有害重金属について、焼成による除去技術を検討します。

参加メンバー: 中村 智史、今井 敏夫、SAWADOGO Jacques

課題2-1 試作複合肥料の施肥効果の評価 (施肥効果)

 ブルキナファソにおける食用作物であるトウモロコシ、ソルガムとトウジンビエ、主要換金作物であるササゲとイネ等について、課題1-2で試作したNPK複合肥料の施肥効果を同国の環境条件の異なる試験圃場で評価します。相手国代表機関であるINERAが有する、ギニアサバンナからスーダンサバンナを経てサヘルまでの異なる気候帯に位置する試験場を活用した多地点の連絡試験を行います。

参加メンバー: 福田 モンラウィー、岩崎 真也、伊ヶ崎 健大、BANDAOGO Alimata A、SOMDA B. Béatrice、BOUGMA Amelie

課題2-2 試作複合肥料を用いたソルガムとイネの施肥技術の改善 (施肥技術改善)

 食用作物であるソルガム、換金作物であるイネについて、リンとチッ素に着目し、施肥効率の高い施肥法(施肥深度、時期、量)を開発します。特にイネは降雨時に氾濫する低湿地で栽培され、施肥成分が流出しやすいことから、変動する湛水条件を考慮した施肥法を検討します。

参加メンバー: 福田 モンラウィー、岩崎 真也、伊ヶ崎 健大、KIBA/SOMA Mariam、SIMPORE Saidou、 OUATTARA Baba、TRAORE Adama、BONKOUNGOU R. Sylvain

課題2-3 試作複合肥料の普及可能性評価 (施肥栽培普及評価)

 ブルキナファソ中西部に位置するクドウグ近郊の小流域内において、農民参加型実証圃場を設け、農家に対して肥料を提供し栽培することで、試作肥料、栽培技術に対する評価を得るとともに、試作肥料の購入意思を調査します。また、家計調査結果に基づき購入の実現可能性を検討し、農家経営の側面から肥料の普及可能性を評価します。

参加メンバー: 小林 慎太郎、小出 淳司、福田 モンラウィー、KIBA/SOMA Mariam、SIMPORE Saidou、 SAWADOGO Didier、KOUDOUGOU Amos、OUATTARA Baba、TRAORE Adama、BONKOUNGOU R. Sylvain

課題3-1 水稲作におけるリン鉱石の直接施用効果の解明と施肥技術の改善 (水稲直接施用)

 リン鉱石粉は、現在ブルキナファソ国内で生産・販売されており、工業的に加工したリン肥料に比べてはるかに安価であり、直接施用が効果的な場合には積極的な利用を検討すべきです。JIRCASは、水田におけるリン鉱石粉の施肥が水溶性リン肥料には及ばないものの、一定程度有効であることをガーナ、ブルキナファソにおける圃場試験で明らかにしてきており、その成果をもとに、水田においてより高い効果が得られる施肥法を開発します。

参加メンバー: 中村 智史、KIBA/SOMA Mariam

課題3-2 水稲におけるリン鉱石の可溶化・吸収に関わるQTLの把握 (リン鉱石利用QTL)

 リン鉱石直接施用におけるイネのリン鉱石可溶化・吸収メカニズムは明らかになっていません。そこで、イネのリン鉱石直接施用効果を明らかにするために、様々なイネ系統を用いたゲノムワイド相関解析(GWAS)や量的形質遺伝子座位(QTL)の解析により、リン鉱石の溶解・吸収に関与する遺伝子座の同定を行います。得られた結果を活用し、直接施用法とリン鉱石直接施用に適したイネ品種の組み合わせを決定し、リン鉱石施用効果の最大化を図ります。

参加メンバー: 近藤 勝彦、中村 智史、KAM Honoré

課題3-3 リン鉱石富化堆肥におけるリン鉱石の可溶化メカニズムの解明と施肥効果の評価 (リン鉱石富化堆肥)

 直接施用に不適とされる低品位リン鉱石の利用方法として、リン鉱石を堆肥化過程に付加し、リン鉱石の溶解を促すことでその施肥効果を高める手法は広く研究され、ブルキナファソにおいても、堆肥を製造する際にリン鉱石を添加することを奨励していますが、その施肥効果については十分に調査されていません。堆肥化過程におけるリン可溶化メカニズムは、リン鉱石溶解菌とも呼ばれる有機酸生成菌などの堆肥中の微生物相遷移と密接な関係があるものと考えられますが、そのメカニズムは明らかになっていません。そこで、リン鉱石富化堆肥における効率的な堆肥化法を提案するとともに、リン鉱石の可溶化メカニズムを解明し、さらに得られたリン鉱石富化堆肥のブルキナファソにおける主要作物に対する施肥効果を評価します。

参加メンバー: サール パパ サリオウ、TIBIRI Bionimian Ezechiel

課題3-4 リン鉱石の直接施用が有効な作物の探索 (リン鉱石適合作物)

 マメ科作物は難溶性リンを溶解・吸収するとされ、リン鉱石直接施用が有効である可能性が示されています。また、マメ科作物のチッ素固定能による土壌肥沃度向上も同時に期待でき、マメ科作物の間作や輪作、あるいはカバークロップ導入などによる作付け体系の改善を通じて、輸入するチッ素施肥量を節減できる可能性が高いと考えられます。そこで、ブルキナファソで栽培される多様なマメ科作物の中から、リン鉱石直接施用効果の高い作物を選定します。また、各種樹木の育苗時、栽植時におけるリン鉱石施用効果についても評価します。

参加メンバー: 竹中 浩一、井関 洸太朗、伊ヶ崎 健大、サール パパ サリオウ、COMPAORE Emmanuel、THIOMBIANO Natacha、SIDEBE Hamadou

課題3-5 アゾラを活用した有機質NP肥料の製造法の開発と施肥効果の評価 (アゾラ利用)

 アゾラ(オオアカウキクサ)は、ランソウとの共生による空中窒素固定が生じることが良く知られており、水稲作において緑肥としてしばしば利用されます。また、リン酸施用によりその増殖は促進され、リン鉱石施用によっても増殖が促されることが示されています。このことから、リン鉱石を利用したアゾラ増殖によって、アゾラ由来の安価な有機質NP肥料としての利用が可能であると考えられます。ブルキナファソにおいても、アゾラ(Azolla pinnata)の水稲作における緑肥としての利用可能性が検討されていますが、リン鉱石を活用して小規模農家でも実施可能なアゾラの増殖法を開発し、有機質NP肥料としての肥効を評価します。

参加メンバー: 福田 モンラウィー、OUEDRAOGO Souleymane

課題3-6 リン鉱石直接利用技術マニュアルの作成 (直接利用技術マニュアル)

 上述の研究課題3-1~3-4に加え、植林や農業場面で様々な利用法を探索し、FAOやIFDC等のリン鉱石直接利用に関する文献との整合性を検討しつつ、リン鉱石の直接利用技術のマニュアルを作成します。

参加メンバー: 南雲 不二男、中村 智史、COMPAORE Emmanuel

課題4-1 リン利用効率を最大化するためのリン酸肥料利用法の検討 (リン利用効率)

 天水稲作ならびに天水畑作において、土壌条件、水分条件、日射量、施肥量等をパラメーターとして作物生長を予測するプロセスモデルであるAgricultural Production Systems sIMulator (APSIM)、ならびに多様な作物に対するリン鉱石直接施用効果をリン鉱石品質、土壌条件、気候条件などをパラメーターとして推定するPhosphate Rock Decision Support System (PRDSS)の適用可能性を検証します。これらのモデルの適用により、各種の技術オプションを実施した際の作物収量予測を行ない、技術適用の効果を普遍化します。また、開発される肥料とリン鉱石直接施用の組み合わせを含めた作物収量とリン利用効率を最大化するリン酸施用条件を解明します。

参加メンバー: 岡田 謙介、中村 智史、SERME Idriss

課題4-2 流通と需要拡大に向けたバリューチェーンの解明(フードバリューチェーン)

 主要食用作物の栽培において、無施肥栽培から施肥栽培への移行を達成するには、農産物の需要と換金機会の拡大を通じた、貨幣で計測した土地生産性の向上が必要です。そこで、流通と加工を含めたフードバリューチェーンの現状を明らかにし、農産物の需要および換金機会拡大のための方策を提案します。

参加メンバー: 小林 慎太郎、BARRY Silamana

課題4-3 国産肥料の利用が地域経済に及ぼす評価 (地域経済インパクト)

 各課題で提案された肥料、および技術の普及がもたらす国レベル、地域レベルの経済的効果を評価します。ここでは、国産複合肥料の普及が農家経営に及ぼす影響を費用対効果分析により明らかにし、また、低品位リン鉱石を利用した施肥栽培の普及が対象地域の地域経済に及ぼす影響を産業連関分析により評価します。さらに、地理情報システムを用いた空間解析手法を用い、肥料利用の生産的・経済的効果の地域的特性を明らかにします。

参加メンバー: 内田 諭、小林 慎太郎、小出 淳司、KONE Nicolas、FARID Traore