BNI技術 ―21世紀地球規模課題に対する遺伝学に基づく解決策―

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陸上生態系における窒素汚染や地球規模での気候変動に見られるように、地球の窒素循環はすでに地球の限界を越えて拡大している。その大きな理由は、近代農業が窒素化学肥料由来の窒素に大きく依存していることにある。確かに窒素化学肥料は緑の革命以降の農業を支える技術である。しかし土壌中では急速に硝化が進むため、施肥された窒素肥料の半分以上は作物に利用されずに環境中に失われ、農業生産システムにおける窒素利用効率(Nitrogen Use Efficiency: NUE)は低い。硝化の抑制はNUEを向上させ、より多くの窒素が土壌に留まり、作物に利用されるようにするための鍵である。これは、農作物の増産と気候変動の緩和という地球規模の2大課題の解決にそれぞれ貢献する。

生物的硝化抑制(BNI)とは、主に根から出る特殊な化学化合物が硝化プロセスの主要な酵素をブロックすることによって硝化を抑制する植物の機能である。BNIは、合成硝化抑制剤(Synthetic Nitrification Inhibition: SNI)よりも、コスト、効果、人体や環境に対する安全性、農家の入手・利用のしやすさの点で優れていると考えられている。高いBNI能力を持つ植物や作物が見つかっており、そのほとんどはイネ科(Poaceae、Gramineae)に属している。生物的硝化抑制物質(BN Inhibitors)がいくつか同定されており、ブラキアリア牧草(Brachiaria humidicola)由来のブラキアラクトン(brachialactone)、ソルガム由来のソルゴレオン(sorgoleone)、トウモロコシ由来のゼアノン(zeanon)などがある。世界で最も施肥量の多い作物のひとつであるコムギについては、野生の近縁種オオハマニンニク(Leymus racemosus)に高いBNI能力があることが発見され、染色体置換によってMunalなどの国際的なコムギ品種にBNI形質が導入された。BNI能を獲得したMunalは、元のMunalよりも大きく硝化を抑制し、土壌窒素をより効率的に利用する能力を持つという特徴があった。BNI-Munalは現在、BNIを付与したインドの国内エリートコムギ品種開発のためのドナー材料として使用されている。

BNI技術は植物由来の新技術であるため、事前影響分析によってその可能性と限界を認識しておくことが肝要である。BNIコムギのパフォーマンスに関する既存の情報(例えば、酸性土壌側のやや低いpHに対する嗜好性など)を用いて、BNIコムギに適した地域を世界地図に落とし込んだ。また、土壌-植物-大気の連続体における窒素化学種の理論的動態と、現地観測による経験的データに基づくシミュレーションモデルによって、BNI技術の効果を数値で示すことも重要である。BNI技術が農業生産の向上、窒素汚染、および気候変動の緩和に与える効果は明らかである。
刊行年月日
作成者 飛田哲
公開者 国際農林水産業研究センター
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